異物
車内は結構空いていた。けれども、僕は戸袋に身を寄せて、立ったままでいた。漂う体臭。イヤホンから漏れ出る音楽。片手にはスマホ。正面のその娘は、ひたすら自分だけの世界に浸り続けていた。
小学生には到底見えなかった。中学生くらいだろうか。平日。しかも相当に遅い時間。僕は車窓に浮かぶ光の点を見つめた。そうやって、その姿を一旦消した。列車はほぼ一定の速度で進んでいた。
「お前、ほんと超キモイんだよ」
その異物は確かにはっきりそう言った。生臭さに混じって、口元から吐き出された別の匂いが、僕の鼻先をしっかりと捉えた。その虚ろで気味の悪い妙な視線は、明らかにこの僕に向けられていた。
僕は唖然としながら、車両前方に目をやった。乗客は皆、手元の画面に見入っていた。最初の驚愕が憤りに向けて、ゆっくりと転化を始めた。僕はその目を見据えた。異物はすぐに視線を反らせた。
次の瞬間だった。
異物は付近にあった小扉を開き、中のレバーを真下に引いた。ブザーが鳴った。列車は鈍い音を立てながら、進行方向に向けて傾いた。乗客は皆顔を上げた。異物は後ろへとそのまま駆けていった。
車掌が姿を見せた。そして車内の点検を始めた。しばらくすると、乗客はそれぞれの手元に再び戻っていった。列車は止ったままだった。車掌のアナウンスが繰り返された。間もなく列車は動き出した。
〈お前、ほんと超キモイんだよ〉
現実と非現実との境界の喪失。野に放たれた異物。その絶望的な存在を僕は思った。しかしその一方で、僕はこうも考えた。正常と異常。優と劣。なるほど、異物も異物なりに確かに生きてはいける。
僕は目的の駅で下車した。過ぎ行く列車に、あの異物があった。
気持ち悪いのはお前らなんだよ。僕はそれらをこの目でしっかりと捨てた。そうして心の中で、大いに嘲笑した。気分は爽快だった。