Meditation
作品概要
「meditation」

  闇夜からの生還。湧き上がる歓喜。膨張続ける悦楽。生から死へ。死から生へ。「私」はここにいる。そして「私」は再びここにある。
  生なる黙想の果てに見えたものとは・・・。そして、それらの果てに聞こえたものとは・・・。
ラリー・カールトン―「Room335」

Larry Eugene Carltonはアメリカを代表するジャズギタリスト。
Room335は愛用しているギブソン社のギターの製品番号335から来ているといわれている。
マイルス・デイヴィス―「ソーラ」―

Miles Davisはアメリカを代表するジャズトランペット奏者、作曲家、編曲家。
Solarは麻薬から立ち直ったマイルスの転換点になる貴重なアルバム。
ミニー・リパートン―「ラビンユー」―

Minnie Ripertonは1979年7月乳がんでなくなった。(享年31歳)
1975年の全米1位シングル「Lovin’ You」が、最も良く知られている彼女の曲。
 闇夜からの生還。
 時に死は、人に深淵なる思慮と思索を与えてくれる。同時に、死床からの離脱は、果てしなく消え去った夢さえも蘇らせてくれる。
 湧き上がる歓喜。
 太陽の光の下で、生命の不思議とその奇跡を思う。躍動する精神、それに呼応しながら、身体全体が疼く。ただし、焦ることはない。決して焦ってはならない。この「私」は、今生き生きとしている。
 膨張続ける悦楽。
 既に死んだはずの「私」。けれども、「私」はここにいる。「私」の肉体は在る。ただし、誰にもそれは見えない。「私」の意識も在る。ただし、誰もそれを知ることはない。ただ全ては厳然として在る。
 街を歩く。足取りはまだ重い。筋肉が動きに抗う。「私」は急がない。街が動く。前後左右に揺れる。人の話し声に慄く。深呼吸をする。
 この街中に「私」を呼び止める者など誰もいない。「私」は喧騒の真っ只中をゆっくりと前へ進む。
 男の怒り声。女の叫び声。子供の泣く声。誰かの笑う声。誰かの囁く声。声という声が激しく重なり交錯する。「私」はそれら全てを一瞬で聞き分けることができる。
「私」は歩く。人々の流れに乗る。ただし、どこか少しぎこちない。それでもいい。
「私」が動く。ふと脇へと逸れる。傍には誰もいない。ここには「君」の姿はない。
 額の汗が容赦なく流れ落ち、そのまま瞼に隠れる。「私」はそれを指先で素早く拭う。そうして、少し離れた木立へと向かう。喧騒が徐々に遠ざかる。丁度良い太さの、木の幹の根元がこの私を誘う。
 頭が痛む。痛みは背中にまで響く。両腕が痺れる。両足のつま先が歩く速度を妨げる。痛みを堪える。痺れに耐える。身体の不自由さを「私」は隠さない。これが「私」に与えられている生だからだ。
「私」は目を開けない。ずっと閉じたままだ。誰がこの「私」を蔑むのだろう。「私」を干渉する者も、「私」が干渉する相手も、ここには誰ひとりいない。災いはなく、幸いだけがこの「私」を包む。
「私」はありったけの意識で、自分の身体をふっと持ち上げる。私は浮き上がる。眼下には地上が広がる。もう、遠慮などいらない。「私」はここから自由な旅に出る。南の国へ。「君」に会うために。



 バルコニーから砂浜にくり出す。太陽の光を全身に浴びる。オンにしたままのラジオからは、聞き覚えのある音色とリズムが届く。

   ラリー・カールトン―「Room335」―

 手と足の、両方の指先が、軽いリズムで踊り出す。ここでは気兼ねなど無用だ。我慢もいらない。そうやって、波の側に寄り添う。
 場所を違えてみる。
 片隅に置かれた一台のピアノ。誰もいない。だから自由に、好きなだけ、それと向き合うことができる。もちろん、咎める者はいない。「私」はそれに近付く。鍵盤は黙って受け入れる。何かが始まる。

   マイルス・デイヴィス―「ソーラ」―

 ここに過去はない。未来も予感させない。あるのは「今」だけだ。そうして、連なりとしての「永遠」が揺らぎとともに控えるだけだ。パウル・ティリッヒによる厳かな説き明かしが「私」の耳元に届く。
 間もなく、「君」の姿が、「私」の前にゆっくりと浮かび上がってくる。何も言わない。何も語らない。だた、「君」の姿がそこに在る。
 風がとても心地良い。それは優しさに満ち溢れる。
 暑さも肌に困らない。それは汗さえ巧みに拭い去る。
 生あるものたちの歌が始まる。輪唱が空高く舞う。
 遥か遠く、遥か彼方へと、太陽が沈んでいく。「私」と「君」はバルコニーからその情景を眺める。日没にお似合いのイントロがラジオから流れだす。目の前の夥しい色彩が光の輪をそれぞれに放つ。
 それらは個であり、また孤でもある。それらは霊であり、また魂でもある。「私」と「君」は、ふたりだけの、お洒落で粋な夜に浸る。

  ミニー・リパートン―「ラビンユー」―

 そろそろだ。時間が迫って来る。ここで南の島に別れを告げよう。そして「君」にも。
 黙想する。
 生とは。また、死とは。「私」のなかにある〈内なる声〉が働く。
 黙想する。
「君」は消えていく。この「私」もまた、元へと立ち返っていく。