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甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページモバイルにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


■オフィシャルページモバイル


大阪大空襲
再びピース大阪
ここは通算三度目だ
以前の話は割愛しよう

「戦後を辿る旅-2019-」が始まっ

今年度は大阪大空襲がテーマだ…

米軍の鬼畜さは原爆だけではない

敗戦の前日にも一般市民に向けて容赦のない爆弾を加えて続ける…
なかでも8月14日の京橋大空襲は
悲惨を遥かに超える
あれを誤爆とは決して言わせない

あれは明らかに一般市民を狙い撃ちにした殺戮に行為他ならない
裁かれるは米軍の鬼畜さだと語り継ぐのは極めて正しいことなのだ


「9?11」を弱者かつ敗北意識満載でアメリカはいつまでもほざく
しかしあのアメリカの惨めさを目の前にまさに溜飲を下げた日本人は多くいたはずだ
僕は知っている…
実際そうした日本人がいたことを

そして僕も飽きることなくあのシ
ーンを見続けていたひとりだった

赤いワインを飲みながら…
それに合うチーズをフォークで転がしながら…
格別の赤ワイン…
格別の味のチーズ…
その高尚な味覚は忘れられない…

京橋駅高架下真横に慰霊碑がある

ひたすらに鎮魂…
そして静かに黙祷
もちろん悲惨で陰惨な歴史は決して二度と繰り返してはならない
だからといって忘れてはならない

人間の記憶を舐めてはいけない…
記憶の継承を甘くみてはいけない

僕の戦後を辿る旅
それは決して終わることはない…
2019-05-20 00:00:16[457]


令和元年
元号が新しくなった
平成から「令和」へ…
時代が変わり新しくなったという意味では決してない
万世一系の歴史が受け継がれていくという事実に感銘を受けつつ、日本国民であることの意識を改めて持つという意義深さを感じる…
元号とはそうした公的な意味を持つものだと僕は思う
新たな歴史の始まり
日本人であることの誇りがそこになければならない

国歌を侮辱し、国旗を貶めて、万世一系の天皇を恥辱とするなら、堂々と国籍を離脱するのが最良だ

それでいてご都合的に国民としての権利を日本から十分に強奪しようとするのだから始末が悪いのだ


元号が新しくなっても国民が刷新
される訳ではない
但し意識は変わる
もちろん変えようとする高い知性があればの話しだ
日本を考える
日本の未来を考える
そんな真摯な国民がどれだけいるかはわからない…

余談になるが記す

平成最後の馬鹿として偶然にも最近ふたりの人物にお目に掛かった

ひとりはある都市銀行の支店長…
もうひとりは関西の有名私立大学の系列高の教頭…
支店長などまるで話にならないくらいに能天気なバカヤローだった

最近の銀行はダメ
時々は梅川昭美のような人間が喝を入れてみるのも良いではないか

一方系列高の教頭もなかなかご立派な台詞を僕に残してくれている

「校則というのは実は世間が決めるものなのです」
信念の欠片のないこの台詞は凄い

腐っても教頭とはこのことだろう

僕はあちこちでこの一連の経緯をばら撒いている…
そして多くの人間がこの経緯と発言に注目している
間違いなく彼は近いうちにまさに渦中の人物となって信奉する世間手やらに対峙せざるを得なくなる

馬鹿に付ける良薬は世間様ではなく社会の晒者となりはことなのだ

日本の国民の財布を預かる銀行…
教育という国家の核を担う学校…
そこにいる人間がこのテイタラク
もちろん僕の出会ったおふたりは末端もさらに末端
マッチ棒の先の燃えカス程度の存在には違いないが

話を元に戻そう

元号が変わっても国民は同じだ…
劣化した人間に何を期待するか
聞くだけ言うだけ野暮ではないか

令和元年にあたり
そう申し上げたい
2019-05-06 00:15:11[456]


戦後を辿る旅
季刊文芸誌「日曜作家」
既に書籍化されている甲山のオムニバス短編作品「優雅なるトマトケチャップ」を生み出すきっかけとなった極めて由緒ある文芸誌だ

今月から同じ文芸誌にて連載が新たに始まった…

「戦後を辿る旅」

これまで僕が巡った戦跡や戦争に関わる場所について一部小説仕立てで記したものだ

初回は靖國神社

この場所を語らずして先の大戦は語れない
いや、英霊に頭を垂れずして現代を平和を語ることは一切できない

靖國神社はそうした全ての意味において作品の始まりに相応しい場所だと僕は思う…

靖國から知覧へ
知覧から万世へ
万世から広島へ
広島から長崎へ
さらに…

連載は延々と続く

延々と…
2019-04-22 07:22:05[455]


2019年度
新しい年度になった
年度を新旧の基準にしている僕にとって4月1日は所謂元旦に等しい


新年度はどんな1年にしたいと思うか
それはまさに愚問の骨頂に等しい
誰も彼も悪い1年にしてみたいなどとは決して答えない
新しさとは全てが刷新されることではないはずで、同じ轍を二度と踏まないと肝に命じることこそ、実は新しさの真髄だと僕は考える

同じ轍を踏まず…

しかし人間は同じような轍をまた踏む弱さを備える
まさに弱さの自覚
弱さに臆病であれ
弱さを徹底的に自覚してそれに神経質な位に臆病である人間程実は強いものはいない
いくら言葉や身体で威勢や虚勢を張ったとしても、弱さの真髄は目
の奥に否応なく表れてくるものだ

弱さを隠さない…

弱さを隠さず、強さを誇示せず、
下劣な政りと祭りには関わらない

本音は言わず、建前に終始して、
書くべことを呻吟しつつ文字にする
危うい人間には近寄らない
思索を止めない
同じ轍を踏まないとする原理原則は延々変わらない

今年度は多忙になりそうな気配だ

よって頭を鍛えることはもちろん
だが、同時に体調管理も怠らない

なるほど…
頭の鍛錬にしても体調管理にして
もいずれも僕の弱さの真髄なのだ

弱さを隠さず
弱さは強さ…
こうした自己暗示もまた弱さなのだろうか
2019-04-08 08:15:40[454]


新作長編小説発刊
4月1日付発刊発売の新作長編小説

「byebye 君が来た道 僕が行く道」
甲山羊二著
まきば出版
定価2200円

発売に先立って、先ずはまきば出
版傘下である「オンラインブックショップまきば書店」に入荷した

300ページに及ぶ初めての長編だ

加えて…
正式な予約などはまだ受け付けてはいないものの、既に問い合わせや更には仮の予約をも沢山頂いた

実に感謝に耐えない

形ある芸術はひとりの力だけでは完成には至らない
数多くのひとたちの結集と結晶なければ1冊の著作物とはならない

だからこそ感謝に耐えないのだ…

だがしかし全てのアーティストが
僕と同じ感情を持つとは限らない

自分の作品を軽々と適当に扱う人を僕は知っている
まるでそれをばら撒くように扱った人を僕は本当に知っているのだ

それを僕はアーティストと決して
呼ばない認めない
作品を形にする過程において関わった多くの人たちや応援をしてくれた無数の人たち…
そうした周囲の心情を鑑みれない人は自らをアーティストと称する
資格は無いに等しい
それでいて他人に同情を得ようと自らを悲劇のヒロインに仕立てる

もう一度言おう…
そういうエセアーティストを僕は
身近なところで知っているのだ

だから何度でも僕は繰り返したい

しかも心の底から
僕の作品に関わった全ての人へ
本当にありがとう
その応援が叱咤激励がどれだけ励みになっていることだろう
甲山は支えがないと甲山ではあり得ない
とにかく僕は繰り返したい
感謝で心からの感謝で一杯なのだと…
2019-03-14 21:44:13[453]


4月1日
新作長編の発売日が正式に決まった

4月1日月曜日

「byebye-君が来た道 僕が行く道」
 まきば出版
 価格2200円

300ページを超える

発売に向けてのポスターの原案も完成した
全てはスタッフの尽力による

前回の作品
「優雅なるトマトケチャップ」
 まきば出版

今回はその時以上に宣伝にかなりの熱がこもっている

本が売れない時代
それでも本を出す
なぜか
芸術は目先を追わない
いや追ってはいけない
実体としてどう残すか
またどう残るかが重要なのだから
挑戦の無いところには何も残らない
いや何ひとつ残るはずなどない…

「byebye-君が来た道 僕が行く道」

4月1日月曜日

産声はもうすぐそこだ
2019-03-04 06:52:55[452]


新刊長編のこと
再来月
新刊長編の出版が正式に決定した


「byebye-君が来た道 僕が行く道」

甲山の個人レーベル「まきば出版」からは4作品目の刊行となる

ここに至るまで…
執筆に5年掛けた
他作品の創作や翻訳と並行して…
紆余曲折を経つつも、一昨年にようやく脱稿
400字詰原稿用紙にして約500枚…
さらに昨年は諸々の作業や重ねての校正に追われた

「byebye-君が来た道 僕が行く道」

ひとつの作品が1冊の本となる行
程は楽しく苦しい
そこには創作者の思いだけではなく、関わる全ての人達の思いが連なる
楽しく苦しいからこそ形となる喜びはそれ以上に大きくなっていく

ここでの喜びは感謝を伴うものだ

本が芸術である所以はそこにある

「byebye-君が来た道 僕が行く道」

12年目の春…
僕の新たな出発がこのタイトルに込められている…
書くことはもはや単なる表現などではない…
それは生きる上での呼吸と変わらないものなのだ
2019-02-18 00:07:03[451]