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甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページモバイルにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


■オフィシャルページモバイル


上半期を終えて
年度の上半期がようやく終わった

兎にも角にもだ
最初から瑣末なことに追い回され
、その間は体調にさえも恵まれず
、酷暑の夏はその極みの中にあった
ちまちまを嫌悪しながら実はそのちまちまを実践している愚か者…
そういう人間とそこに群がる人間どもを相手にするとこちらまで気がおかしくなる…
いやはやいやはや
振り返るのも忌まわしく感じる…

体調がよろしくないとやはり碌なことは考えない…
とは全くの出鱈目
僕の場合は真逆でその碌なことがかなりのネタとなって蓄積される

ただでは転ばない

体調不良での負の側面の筆頭は読書量の大幅激減だ
とにかく横になる
身体を休めてみる
頭は冴えているのだがそれが読書にまで繋がらない
秋の気配と共にそれは払拭された

おかげで知的好奇心と知的教養力は随分低下した…

さてそれを取り戻すべく下半期は
闇雲に頑張るのだ
とは絶対いかない
頑張りは当然禁物
人間はいい加減をしっかりと生きなければならない

丁度いい具合加減
上半期の反省は決してしない
2019-10-21 07:29:49[467]


ラテンアメリカ
 怪談といえば、日本では「恨めしや〜」が定番だ
だがしかし今回は遥か海を超えてラテンアメリカへ飛んでみたい…

「ラテンアメリカ怪談集」(河出文庫)鼓直編

より優られた15作品が収録されている読み応え十分の怪談短編集だ


圧巻は次の作品だ

収録順に…
オラシオ?キローガ「彼方へ」 
フリオ?コルサタル「奪われた屋敷」
オクタビオ?パス「波と暮らして」
アウグスト?モンテローソ「ミスター?テイラー」

特に「ミスター?テイラー」は甲山好みだといって全く差し支えない
密林での首狩りに生首に干し首とくれば心からわくわくしてしまう


ラテンアメリカの怪談は日本のそれと比べるとちっとも怖くはない

怖くないどころか、不思議な幻想的世界に包まれる
怪談でありながら切なさがある…
滑稽さも時々往来していく程だ

外国文学には当該地域の独特の風土が漂ってくる
それが実にいい
だから日本の怪談との差異があるのも当然なのだ

ラテンアメリカ
僕は一度もそこに足を踏み入れてはいない
でもどうだろう
人生は何事もチャンレンジなのだ
その風土を是非とも肌で感じてみようではないか
ただもちろん…
幻想にすっかり身を委ねてしまうのは何としても避けたいものだ
2019-10-07 00:00:10[466]


政治と祭り
僕は政治的な発言は一切しない…
もちろん日本国民である以上は、政治に関わりを持って生きている

しかしながらそのことと発言の有無とは当然異なる
特定の政党や候補者を支持する発言も控えている…
そこから生まれる安易な関係性…
そうした特異な人間関係に巻き込まれなくはない…

祭りもまた同じだ
そこでの粘着性のある人間関係は僕の得意とするところではない

この数カ月は人間を実地で研究する実に良い機会に恵まれたと思う

人は必ず群れる
群れることで必然とムラを形成し
、奇妙な安心感に浸ろうとする…
それこそがまさしく祭りごとで、
よって本来の目的を喪失した寄り合いと化していく

日本人にとって政治も祭りも結局は同じなのだろう
要するに中身などはどうでもよい

ムラを形成する都合良い手段として、欠席裁判を断交する為の宴席として、それらはただそこにある
だけのものなのだ

そういうものに、いやそこにぶら下がる輩たちに、一体何を発言するというのか…

意味などない意義などもないことはやはりしない
2019-09-16 00:52:40[465]


創作組み合わせ怪談
暑いまことにまことに暑い夏がようやく終わった
猛暑に酷暑に激暑にと今年の夏はいずれの単語にも当てはまらない

嘔夏または吐夏あたりが適当か…

今年もまた例にもれず子供たちを対象に超怪談話大会を催したが、怖がる子供たちをよそにこちらは創作意欲もわかず、ネタの組み合わせに終始した…

僕には幽霊だの妖怪だのと言われ
ても全くリアリティーがわかない

心霊スポットに行ってもビールばかり飲んでしまう
見えただの見えるだの周りは狂喜乱舞だがこちらには何も見えない

暇だからちょいと脅かしてやると最後はオイオイと泣き出す始末…
うだるような暑さでビールはすっかり生温くなる
泣きたいのはこちらの方なのだが
、泣き止む気配すらないのは困る

怪談話を組み合わせると確かにそれなりに面白い
お岩さんに車を運転させてみたり
、お菊さんを同乗させてみたり、ろくろ首を鉢巻きにしてみたり、水道の蛇口から指という指を何本も流してみたり、先祖の遺影を笑わせてみたりと、こうなればもはや怪談ではなく喜劇に変化する

「うらめしや~」

恨めしいのはやはり暑すぎる夏だ

寝苦しさは全くもって恨めしい

来年の夏はどうか
余りの暑さで人間がドロドロ溶け出すかもしれない
そうなれば待ちに待った怪談だ
もちろん僕はまだ溶けたくはない

溶けるのをひたすらじっと見ているのがまだいい
2019-09-01 23:59:57[464]


戦後を辿る旅連載中止
季刊文芸誌「日曜作家」に連載中の「戦後を辿る旅」
好評を得ていたが…
今般早期の単行本出版が決定した

スタッフとは本件について何度も話し合いを重ねた
その結果「日曜作家」での連載を前号の27号をもって中止するという結論に至った…

実は既に原稿そのものは12章まで完成に至っいる…
先ずは来春には「シリーズ?」として甲山専用レーベルまきば出版から刊行する予定だ

旅は鹿児島県知覧及び万世を経て
、広島、長崎、市ヶ谷、加西、そして大阪へと続く

僕のライフワークとも言える、戦後を辿る本当の旅

今後はシリーズも次々延長されていくことになる

是非とも期待をしてもらいたい…

追記
ある事情により8月17日付で日曜作家同
人会を退会した
2019-08-19 00:00:13[463]


編集代表代行
或る季刊文芸誌
それは関西発の文芸誌としてよく知られている…
僕は縁あって創刊以来の同人だが
、今般訳あって代表代行として、
新号の編集に携わることになった


個人レーベルを持つ僕にとって、
印刷並びに製本業者とは懇意だ…
これまでの業者からレーベルの取引業者への移行
頁数と部数の確定の為の新号参画案内と返信葉書…
校正ゲラ締め切り並びに当該絶対返信の厳守など…
謂わば馴れ合い集団から機能集団へ…
代行はこの際変革も任されている


だがしかしだ…
参画有無の返信葉書さえもよこさない同人がいる
締め切りはおろか校正と書換を違える同人がいる
案内文に書かれている文言さえも理解ができない
変更になった原稿の送付先を繰り返して間違える
機能と温情を簡単にすり替える愚かさを露呈する

編集委員にしても話の全く通じない人間さえいた
電話での会話は1時間などはザラ

ストレスは溜まる
もはや尋常でない

はっきり言おうか
これらは狂気の沙汰以外に何ものでもないのだと…

なかでも酷いのが校正ゲラの返信を怠る或る同人…
彼はまさに常習犯
それだけではない
以前彼は公然と僕の作品についてこう評した
それも「ギブアップ」と…
僕は徹底して批評には沈黙をする

しかしギブアップは批評ではない

きちんとした日本語も知らない
彼は日本人ではないのか

では僕が教示する
本当の批評というものを

自分の生命の始末は自分できっちりつけるがよい
ギブアップはそっくりそのままに返してあげよう
つまらない作品など作文以下の文字の羅列
くだらない作品など掲載の価値も全くない
はっきり言って、いや言わなくと
も、反吐が出る
インクとパルプの無駄遣いも極めて甚だしい
資源の浪費は止めてもらいたい
ゲラの返信拒否は本人の自覚か
そこまで頭良いとは到底思わない
ズボラの境地
ギブアップの言葉は御方の生命と運命にそっくりお返しをしたい
反論を待とう

関西の同人誌がなぜ廃れたのか…
それは同人会自体がトップを頂点とする心情共同体として構成されているからだろう
比して関東の同人会は組織的な運営がなされている
もちろん読者のパイの問題もある

しかしそれだけではないはずだ
若手に目を向けない
その志向を無視する
時代に逆行する方法
関東が商業主義だとかどうだとか批判する以前に、配れば読んで貰
えるという甘えを省みるべきだ
僕は身体半分関東に寄せているが
、その宣伝活動は実に凄まじい
そして極めて効果的にやっている

代表におんぶに抱っこの同人会など所詮老人サークルと変わらない

それはもはや同人誌ではなくて、老人ミニコミ誌以下ではないのか

葉書の返信もない
校正の何たるかも知らない
締め切りを爪切り程度にしか理解できない
愚か者を見るには丁度良い機会を与えられたと思う

あらゆることには時というものが厳然としてある…
時代は変わっていく
読み手も変わるのだ
変わらないのは書き手だけだとは全くもって情けない
代行は次号で終わる
2019-08-05 08:37:11[462]


七夕短冊
小さな短冊に願いをしたためる
いかにも情緒的で懐古的な行為だ

七夕は地上の人間の誠にエテ勝手な祭りに変貌する
ここにも日本人のことなかれ主義とやらが見られて実に興味深い

今年もあちらこちらで短冊が結ばれた笹を見かけた
だが何時いつまでもそれを撤去しないだらしなさには逆に壁癖する

話を飛ばそう…

時々くだらない物見たさに暇を潰してみる時がある
大阪東部のある町だ
特にその東の果ての商店街は頭脳の悪さがそのまま露呈している

梅雨時となれば短冊は雨に濡れ、風が吹くと地面に落下していく…
早い話が単なるゴミになる訳だ
それでも撤去をしないズボラさはやはり真人間にはできない技だ
あの街を歩くと時々反吐が出そうになるのは正常な証拠だと言える

自転車通行禁止も守れない馬鹿
短冊にはやはりこう書くべきだ
「ちゃんと文字が読めますように

読めない人間はやはり書けない…
無理なことは要求すべきではない
気狂いが余計に気狂いになってし
まってはいけない
日本国家が廃る

更に話が飛ぶ…

例の街を少し南下すると子供会の壁新聞なるものが貼られていた
汚い文字
意味不明な記事
未来に乏しい餓鬼が稚拙な文字を使うのは断じてやめるべきたろう
そのとぼけたド厚かましさは世界一かもしれない
とにもかくにも…
象形文字に綴られたただのゴミ…
会を導く連中の低脳振りが伺える名作中の名作だ…
反吐を我慢しながらこうやって例の街界隈を歩くのも悪くはない…
そして健康で文化的な生活とは何かを真剣に考える

そういえば同じこの街だった…
以前前方から自転車で突っ込まれ
、そのまま逃亡された知人がいた

謝罪にも来ない…
そこでその知人は刑事民事で相手を訴えることにした
そこまでされてようやく事の重大さが分かる始末だ
しかもその後その相手は事もあろうか子供会の会長におさまった
そして数年後静岡の海に沈んだ
自分で自分の生命を守れない屑
そんな屑が子供の生命など守れる訳がないだろう…
家族の前で水死体とは中々の洒落の効いた死に方ではなかったか
お似合いもお似合い
死人に鞭を打たれまくるのも致し方ない

この街はやはりお目出度過ぎる
馬鹿が馬鹿を支える
塵が塵を支える
屑が屑を支える
阿呆が阿呆に群がる
醜いことだらけだではないか
良い所は皆無だというこの街はある意味では高い希少価値がある

気持ちが悪くなってしまった
話を元に戻そう

願いごとは努力により叶えられる

果てしない願いを短冊に託すのは子供のやることだ
大人はそういうことから早々に撤退すべきだろう…
それでも公民館前に老人会の短冊がヒラヒラ揺れる
潔さの欠如の象徴たるものが仕方無しに揺れている
あれにはもはや反吐などは出ない

出るのは溜息のみ
願い事の前に自らの生命の始末をつけるべきだろう
「何時までもこの世に生き続けられますように…」
そんな非常識な短冊が今年も舞っていたに違いない

七夕から夏本番…
群れる日本人の醜態が今年も短冊を通じて見られた
去年の僕の願い事は見事に叶えられたという訳だ

今年の僕の願い事
「来年も日本人観察の材料が直接垣間見ることができますように」
来年も願い事は間違いなく叶えられるに違いない
2019-07-22 00:07:17[461]