MyBlog Ver1.40



甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


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いちご白書をもう一度
何とも懐かしい響きである
「いちご白書をもう一度」byバンバン

この曲がヒットしたのは僕が小学校5年生の頃
だったと思う

この曲をきっかけに中学ではフォークギターをかき鳴らし…
高校ではロックギターを大音量で弾きまくり…
大学ではJAZZに没頭し髪を肩まで伸ばして恋から恋へと渡り歩いた

何もかも若さゆえである

周りが次々に就職を決めていくなか、僕は本当になにもしなかった
なにもせずに下宿で朝から酒をちびちび飲んでいた
なぜか
答えは簡単である
髪を切るのが嫌だったからだ
もう生えてこなくなるのでは
そう心配したからだ
というのは冗談で…
厳しかった受験勉強も破れかぶれな学生生活も全て就職という事実でもって終了する
就職して競争して結婚して子育てをして老いて疎まれ普通に死んで行く
それが怖かったからだ

いちご白書をもう一度

ついこの間行きつけのレトロな居酒屋でこの曲が流れていた
僕が黙って聴いていると隣の女性からどうかしたのかと質問された
それで僕がさっきの話をすると彼女は急に吹き出した
先生にもそんな時代があったんですよね
そうあったのだ
そして髪はまだ生え続けている
2014-02-26 21:12:10[291]


横山やすし
横山やすし
通称やっさん

懐かしい響きである

僕にとって最初で最後の芸人である…

最近の芸人はどうやら芸も能もなさそうだ
内輪でバカ笑いすることが芸人なら素人でもできる
そして誰にもできないのが本当の芸人なのだ

やっさんは確かに破天荒だった
暴力や暴言
さらには借金まで
それでも芸は見事だった

実際のところやっさんの暴言など暴言にもあたらない
言って当然
言われて然り
だからやっさん
天国ではつまらない反省など一切することないんだ!

そう言えば
やっさんが亡くなったときの追悼番組
関西芸人の大御所といわれる輩が、やっさんの復活を願っていたと
ほざいていた
俺は手を差しのべたかったんだと…

死人に口なしか…
全くもって好きなことを言う輩
下品とはまさにこのことだろう
ちなみにこんな輩僕の周りにも結構大勢いる
いや生息している
しなくていいのに

今やもうやっさんはDVDでしかお目にかかれない
それでもいい

ぼくにとっての最初で最後の芸人は横山やすし
その人ただひとりである
2014-02-20 12:30:08[290]


優雅なるトマトケチャップ?
先日「優雅なるトマトケチャップ?」が「日曜作家第5号」に掲載された
連載短編オムニバスも5回を迎えたことになる

何度も言うようにこれらの話は全て実話である
1984年春の恋から始まったこのシリーズ…
ただしこれもエンドレスという訳にはいかない
全ての物事には始まりがあって終わりがある…

実は主人公の「僕」は1985年で20歳となる
そこで…
1985年冬の恋をもって一旦この連載を閉じてみることにしたいと思う…

今回が1985年春
連載は残りあと3回

「僕」は少しずつ成長する
それに応じて作品も成長していく必要がある
そう
リニューアルだ

今回はJAZZの気配が背景にある
次回以降はJAZZといういわば大人の音楽に目覚めていく
そうして1985年を終えていく

1986年からの「僕」はどう大人になるのか
そこにはやはりJAZZ

続編にもぜひ
2014-02-19 12:45:49[289]


バウムクーヘン
バウムクーヘン
何とも食欲をそそる響きだ
以前ラーメンへのこだわりを少し書いたことがあるが…
バウムクーヘンへのこだわりもなかなかのものである

僕がこだわるバウムクーヘンとは

兵庫県三田にあるkoyamasBAUMである

これは現地でないと調達できない
いわゆるこだわりは作る側にある

ここのバウムを頂いたらもう他のものは残念だが食べれない
だから僕は現地に向かう
何時間かけても向かう…
そうして必ずGetする…
幸福実現には労苦が伴う

ここのバウムにはもうひとつの楽しみがある
本型のケースだ
そこに書かれた小さな物語もまた味わい深い

洋菓子は味と夢を乗せなければならない
それこそが洋菓子である
2014-02-18 12:39:11[288]


視点人物
合評会でしばしば取り上げられるのが小説における視点人物である

視点人物は固定されなければならない
それもひとりだけに集約すべきである
これが御方のもっぱらのご意見である

ところが僕はそうは考えない
視点人物は場面において転換可能である
これが僕の考えである
そしてそのことを実際に幾つかの作品で実践している

演劇の舞台でも幕によって支柱となる人物は転換する
実際に舞台はそう構成されている

イギリスのジェフリー・アーチャーは視点人物の転換をよくやる作家として知られる
「ア・ラ・カルト」という短編ではそれが見事に発揮されている

旧い書き手はやはり旧い
残念系作家としかいいようがない
それとも勉強不足か
なるほど
2014-02-17 15:00:48[287]


契沖庵
僕が勤務する学校のすぐ側に鎌八幡というお寺がある
そこはいわゆる縁切り寺である
僕にも絶縁したいと心から願っている人間が数人いる
ただそうした人間のためにわざわざ祈祷料を払うなどというのは何とももったいない
だから自然死を待ち望むことで十分目的は達成される

話を元に戻そう

契沖という人物がいる…
江戸時代の国学者である

実はこの契沖の庵と墓が先の鎌八幡にあるということを最近知った
本居宣長から辿って賀茂真渕そして契沖

どのような場所に庵を結んだか
それもまた興味深い

ところが見学は禁止だという

理由はマナーの悪さが目立つからということらしい

縁切り祈願のお札を撮影してネットで流す
これに寺側もへきへきしているのだという

なるほど

そういう輩との縁切り
これは流石だ
祈祷も何も不要…

しかし見学不可とはやはりもったいない
2014-02-13 13:37:23[286]


イタリア
住んでみたい国はどこですか
最近こうした質問をされることがよくある

若い頃はイギリスに憧れた
アイルランドのダブリンへの留学を決めたのもそれに少しは関係がある

ドイツの郊外も良かった…

そして現在では何たってイタリアである

イギリスに始まり次にドイツさらにはイタリアとくれば…

なるほどなるほどなるほど日英同盟に日独伊三国軍事同盟
じゃあ次はアメリカに憧れることにしよう
これでようやく日米同盟に至ることになる

そんなことはいい

イタリアとくればミラノが一番だ

ローマも良いがちょいと治安が気になる

その点ミラノはとにかく安心
ミラノのオペラは最高である
しかも飽きることが全くない

大好きな須賀敦子に「ミラノ霧の風景」という作品がある
たしかにミラノの街には霧がよく似合う

イタリア人の知人に僕のミラノ移住計画を話すと、全部手配するから今すぐに来いと言われた
少々せっかちなところも僕に似て、ミラノ気質は実によく合うようだ

ただ問題は生活である
つまりはどう稼ぐかだ

これも心配無用だそうだ
お前は小説を書けばいい
それを俺が見事にイタリア語に訳してみせる
そう知人が僕に言った…

この丁度いい加減もまた素晴らしい

ミラノ移住

そんなこと考えてたらまたミラノに行きたくなってきた
2014-02-10 18:00:32[285]


半藤一利
こんな先生がいたら…
その先ずトップを飾るのが作家の半藤一利だ
失礼ながら敬称略で紹介させてもらいたい…

この人の歴史への洞察と推理力は見事である
自らを歴史探偵と呼んでいるがなるほどなるほど十分頷ける

さらに驚いたことに歴史への目が開くきっかけは坂口安吾との出会いにあるという
「あの戦争と日本人」を読むとその辺りのことが詳しく書かれている…

ちなみに僕の周りにも優秀な歴史の先生が少数おられる
あくまでも少数で数えるほどだ

ほとんどは教科書と指導書を必死で読んでいる
なかにはプリントの空欄さえ埋めれない先生も実在するから驚きだ

古い知識
そんなもので語られても興味もわかない

入試の日本史なんて参考書と問題集と過去問があればできる
本当に身に付けなければならないのは洞察と推理の力なのだ

それが備わる先生
なかなかいないなあ
2014-02-06 16:55:00[284]


三島由紀夫
三島由紀夫といえばその作品のなかで何を挙げるだろうか
金閣寺か潮騒かはたまた別の作品か…
ちなみに僕なら真っ先に憂国をあげる

金閣寺を題材にしたものなら水上勉の作品の方が僕はいい
三島作品は上手いが味が極めて乏しい
この作家は何かしらの義務感だけでかいたのかしらなどと時々思うことさえあるくらいだ

この間映画「11.25自決の日」を観た
それを機に西尾幹二の論文も取り出して読んでみた
そして僕は僕なりにいろいろ考えてみたりもした…
このことはまた別の機会に述べてみることにしよう

三島由紀夫といえば僕にとってもはや文学者ではない
彼は思想家である

思想家三島由紀夫
憂国にはその思想が十分みてとれる
2014-02-03 12:17:50[283]


ABBA
ABBAとくればダンシングクイーン
そしてダンシングクイーンとくればなんったてABBAである

この曲がヒットしたのは僕が中学1年生の頃
実はこれには相当に根深い思い出があるのだ

当時僕には彼女がいた
そしてそれも6人いた

二股ではない
それに二股なら三角関係という極めて厄介な状況をつくってしまう
ところが6人ならその心配は無用
場合によってはちょっと形の悪い円にもなりうる
形が悪くても円は円だ
そして円は円満の円だ
三角関係はいけないが円満関係は最も素晴らしい
以上これが当時の僕の理論である

今では円はめまいの原因になる…
寂しい三半規管になってしまった

ABBA
ダンシングクイーン

あの頃は僕は本当に若かったのだ
ああ
2014-02-01 12:59:21[282]