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エッセイ
ああ言えばこう言え!
目次

 ああ言えばこう言え!その1

 近頃は言葉の使い方というものを知らない無礼者の輩をよく見掛ける。
それはよく言われる若者に限らず、いい年をしたおっさんやおばはんにも意外と多いことが分かる。
 ついこの間のことである。地下鉄に乗る為に券売機で切符を購入し、いざ改札へ向かおうとしたその時、推定年齢70歳くらいの小柄で汗臭いおっさんが話しかけてきた。
「兄ちゃん!○△◇駅まではいくらや」そのおっさん、相当な汗臭さに加えてこれまた吐く息までも相当に臭い。
表情も風体も何やら胡散臭い。とにかくすべてが臭い尽くめなのである。
しかし何と言っても、その臭い息と共に吐き出された無礼な言葉には、いくら温厚な私とはいえ頭にきてしまった。
つまり、無礼なおっさんによって、一瞬のうちに健康で文化的な精神が侵害されてしまったのである。
「兄ちゃん!」これだけは譲歩して許容しよう。問題はその後の言葉である。
「おっさん、いくらかどうか分からん言う前に、運賃表示板か駅員にでも聞かんかぃ!」と叫びたい気持ちを必死に理性で押さえ、冷静を装いながら、私はおっさんに一定の距離をもって静かに話しかけてみた。

「チョヌン イルボン サラン イムニダ。アァ カムサハムニダ。 アイゴー!(私は日本人です。あぁ、感謝でーす。ウォー)」
私だって伊達に韓国語を勉強しているわけではない。
言語による国際交流という日本人に最も欠けた要素を、私は身をもっておっさんに教授したまでのことである。
しかしおっさんは違った。
私の言葉を耳にした瞬間、おっさんの胡散臭い顔に取って付けたようにあったドロンとした蛸のような目が、驚愕と恐怖と羨望と畏敬の目に変わった。
ぽかんと開いて臭い息が洩れ続ける口からたった一言「あかん。こいつガイジンやった」。そう言い残してゆっくり離れていった。
1つの役割を終えて、健康で文化的な精神を取り戻した私は、その後改めて改札へ向かったのであった。
甲山羊二
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