牧場小屋
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エッセイ
ああ言えばこう言え!
目次
ああ言えばこう言え!その12
寿司が外国人の間でブームとのことである。
日本の食文化の中でも、確かに寿司はまことに日本らしいものの一つといえる。
カウンターを挟んで、職人とお客が向き合うスタイルは、外国ではなかなかお目にかかれないものである。
最近は回転寿司に押され気味傾向の元来のスタイルであるが、寿司といえばやはりカウンターを挟んでの、職人とのやり取りで頂くのが一番である。
私が最初に寿司店に連れて行かれた時のことは、今でも鮮明に記憶に残っている。
カウンター席に座るや否や、いきなり父は大声で「先ずは河童だ!」と叫んだものだから、私は心底驚いてしまった。
私は河童は伝説の生き物だとばかり思い込んでいた。
その生き物とまさか寿司店でお目にかかれるとは、私の体は驚きと緊張でガタガタと震え始めたのである。
しかしその驚きと緊張はそれにとどまらなかった。
今度は職人が父に向かって「大将!いつものマムシ、もう準備しといてよろしおまっか?」と笑顔で話しかけてきたのである。
マムシである。確かに職人はマムシと言った。
マムシといえばあのマムシ、あの猛毒を持つマムシのことに違いない。
一体この店は何なのか。いや驚きと緊張は更に続く。
「大将、せやけどこの間のうどん屋、わし行ってきましたわ。やぁ、さすが大将!うどんも旨いし火薬も旨いし、よろしおましたわ」カッパにマムシにお次は火薬である。
「わしら、昼飯言うたらうどんと火薬や」父も職人も笑っている。
いや、笑っている場合ではない。うどんをすすりながら、父が爆発するかもしれないのである。
伝説の生き物に猛毒に爆発。
私は店を飛び出して誰かに助けを求めたい衝動に駆られてしまった。
残念ながら、それ以降の記憶は完全にプッツリと途切れてしまっている。
現在では、カッパもまむしもかやくも大好物である。
そして未だ伝説の生き物と遭遇することなく、猛毒でのた打ち回ることもなく、爆発することもなく、食し続けているのである。
甲山羊二
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