MyBlog Ver1.40



甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


■公式ホームページ


裁判員制度
僕の身内で裁判員裁判の候補に選出された者がいる
興味津々指定された日時に出掛けていったものの、運悪くかまたは運良くか当該裁判員からは漏れた

その者曰く
あれは出来レースのようだった

なるほどと思う…

出来レースであれ何であれ日本には裁判員制度など全く必要はない

日本の裁判員はおまけに過ぎない

このことは司法の側が最も認識していることだろう
司法試験を突破したエリート意識満載の裁判官が一般市民を見下す構図は普通に考えても想像できる

裁判官でなくても一介の地方公務員でさえ意味不明なお上意識はなかなかのものだ…
裁判官が裁判員を見下すのは実は異様とは言えない

裁判官曰く
アホな裁判員には適当に言わせておけばよいのだ
俺たちはプロだ
プロ以上の裁判員などいないのだ

死刑が無期になる
日本の裁判官には何かが足らない

擬似体験でもいい
家族が殺られてみればその理不尽さとやり場のない怒りは分かる
いや擬似はだめだ
裁判員のようにその体験対象候補者を選出してみるのが最もよい
そして死刑囚に家族の殺害を実行させてみればよい
これはボンボン裁判官に限らない

死刑反対を声高に叫ぶお花畑弁護士様も同じことだ
弁護士の世界こそ攘夷思想は当然の如く必要だろう
大和魂の欠けた弁護士は要らない

司法の世界こそ純血主義でなければならないはずだ

日本は応報的刑事訴訟の側には立たないのが原則だ
だが一般市民の感情を置いてけぼりにした判決は裁判員制度とは明らかに逆行する

ある元刑務官曰く
殺人犯は絶対に死刑以外にない
奴らは反省しない
反省する振りをしているだけだ

人を殺しました
でも統合失調症だから減刑です…
気狂いはお得だ
その気狂いの側に平然と立つ裁判官もまた気狂いと全くの同類だ

チンケな裁判はガキでもできる
ガキなんかでない
気狂いでもない…
そんな全うな裁判を仮にもプロならおやりなさい
そして裁判員制度はお止めなさい

形式的なだけなら失くしなさい
時間と労力の無駄を国民から除去して欲しいものだ
2019-12-16 00:09:13[471]


お馬鹿様宛
いずれの時代にも利口的人間がいて非利口的馬鹿者人間がいて社会のバランスはしっかりとられている

安直に安心や安全を鼻から信じ切る人間は僕にとっては大馬鹿に他
ならない存在だ…

例を挙げてみよう

先般の台風は確かに大きな被害をもたらせたが物事の不思議さは実はここから始まる

川が氾濫したという
川は自然の摂理からすればそもそも氾濫するものだ
それを人間の知恵によって食い止める努力をしているに過ぎない
その知恵もまたそれによる工夫も結局は完全なるものなど一切ない

川は人工による河川以外は全て自然のもののはずだ
その際に住居を構えるということはある意味では自然との共存であり反攻でもある…
氾濫により家屋が流されたという

それによって命も失われたという

いずれにせよ特別なことではない


避難も何もかも行政や他人任せ
こういう類の人たちはきっと簡単な等式もできない人間に違いない

但し自己責任を棚に上げて意味不明な批判を堂々と実行に移す馬鹿さ加減だけはなかなかのものだ

海の近くに住めば津波の可能性を考えるのが普通
崖の近くに住めば崩落の可能性を考えるのが普通
川の近くに住めば氾濫の可能性を考えるのが普通
元殺人犯の側にいれば今度は我が身と考えるのがそれも普通だろう

普通ができない
だから馬鹿と蔑まれるという訳だ

だから甘ったれるなと僕は言う
税金の無駄遣いは止めて欲しい

人間やそこから醸される知恵や工夫も当てにならないことはある
それもまた普通
普通とは何か
考える頭があれば考えてみればいかがですか?
自己責任を放棄したお馬鹿さんには無理だとは思いますけれども… 
2019-12-02 00:00:14[470]


仕事と職務
仕事と職務は違う
仕事は生活の為…
職務は責任の全う
これらふたつが噛み合ってこそまさにプロフェッショナルといえる

最近兎にも角にも護送中の事故が多すぎはしないか
被告をそれ程までに野に放ちたがる意味が皆目僕には理解できない


罪を犯すということはそれ自体が非日常他ならない
しかしそういう非日常に安直に手を染める人間を僕は信用しない

罪を犯した人間…
ましてや殺人犯の社会復帰など言語道断も甚だしい
だからそうした人間に寛容過ぎる社会など要らない

地域で支えましょう
支えたければ好き者だけがそのようにすればよい

今年前半にあったオトボケ警察官の事件も然りだ
素人に刺される
はっきり言ってアホでしかない
これで市民の治安維持だとは成り下がったコント漫才でしかない
それを大失態と糾弾しない世間様

めでためでたの日本人様様とはこのことをもいう
だからホームからすってんころり
んをもやらかす
イカれ切っためでたさは尽きない

最近の日本人は実に腐敗している

話を元に戻す…
護送中の事故は相当の罪に値する

仕事はしますが職務は全うするつもりはありません
そういう公務員もまた豚箱でよい
いやそれはどうか
これは豚に失礼だ
切腹が丁度よい
2019-11-16 18:14:20[469]


沖縄伊江島
戦後を辿る旅2019
先月取材を兼ねて沖縄まで行った

向かったのは北部にある伊江島…
伊江島はまさにヌチドゥタカラ
井上やすし氏の小説にも登場するあのガジュマルがよく知られる
もちろん伊江島はそれだけでない

土地収用に絡んで住民が立ち上がった歴史も知られる

戦後を辿る旅のコンセプトにあるのは何より現地取材
他人のフンドシで相撲はとらない

ネットからの情報を封印しつつ現地の人から話を伺う

今回もいや今回はその意味では極めて貴重な沖縄行きだったと思う

忌憚などない会話
何でもかんでもただズバズバ聞けば良い訳ではない
相手の話から必要なヒントを得る

それが意外な本音だったりもする

間もなく今回の沖縄行きの文章構想と構成を始める
戦後を辿る旅はやはり終わらない

追記
この記事の作成過程で首里城焼失の知らせを聞いた
今般は残念ながら首里城を尋ねることはなかった…
2019-11-01 08:00:19[468]


上半期を終えて
年度の上半期がようやく終わった

兎にも角にもだ
最初から瑣末なことに追い回され
、その間は体調にさえも恵まれず
、酷暑の夏はその極みの中にあった
ちまちまを嫌悪しながら実はそのちまちまを実践している愚か者…
そういう人間とそこに群がる人間どもを相手にするとこちらまで気がおかしくなる…
いやはやいやはや
振り返るのも忌まわしく感じる…

体調がよろしくないとやはり碌なことは考えない…
とは全くの出鱈目
僕の場合は真逆でその碌なことがかなりのネタとなって蓄積される

ただでは転ばない

体調不良での負の側面の筆頭は読書量の大幅激減だ
とにかく横になる
身体を休めてみる
頭は冴えているのだがそれが読書にまで繋がらない
秋の気配と共にそれは払拭された

おかげで知的好奇心と知的教養力は随分低下した…

さてそれを取り戻すべく下半期は
闇雲に頑張るのだ
とは絶対いかない
頑張りは当然禁物
人間はいい加減をしっかりと生きなければならない

丁度いい具合加減
上半期の反省は決してしない
2019-10-21 07:29:49[467]


ラテンアメリカ
 怪談といえば、日本では「恨めしや〜」が定番だ
だがしかし今回は遥か海を超えてラテンアメリカへ飛んでみたい…

「ラテンアメリカ怪談集」(河出文庫)鼓直編

より優られた15作品が収録されている読み応え十分の怪談短編集だ


圧巻は次の作品だ

収録順に…
オラシオ?キローガ「彼方へ」 
フリオ?コルサタル「奪われた屋敷」
オクタビオ?パス「波と暮らして」
アウグスト?モンテローソ「ミスター?テイラー」

特に「ミスター?テイラー」は甲山好みだといって全く差し支えない
密林での首狩りに生首に干し首とくれば心からわくわくしてしまう


ラテンアメリカの怪談は日本のそれと比べるとちっとも怖くはない

怖くないどころか、不思議な幻想的世界に包まれる
怪談でありながら切なさがある…
滑稽さも時々往来していく程だ

外国文学には当該地域の独特の風土が漂ってくる
それが実にいい
だから日本の怪談との差異があるのも当然なのだ

ラテンアメリカ
僕は一度もそこに足を踏み入れてはいない
でもどうだろう
人生は何事もチャンレンジなのだ
その風土を是非とも肌で感じてみようではないか
ただもちろん…
幻想にすっかり身を委ねてしまうのは何としても避けたいものだ
2019-10-07 00:00:10[466]


政治と祭り
僕は政治的な発言は一切しない…
もちろん日本国民である以上は、政治に関わりを持って生きている

しかしながらそのことと発言の有無とは当然異なる
特定の政党や候補者を支持する発言も控えている…
そこから生まれる安易な関係性…
そうした特異な人間関係に巻き込まれなくはない…

祭りもまた同じだ
そこでの粘着性のある人間関係は僕の得意とするところではない

この数カ月は人間を実地で研究する実に良い機会に恵まれたと思う

人は必ず群れる
群れることで必然とムラを形成し
、奇妙な安心感に浸ろうとする…
それこそがまさしく祭りごとで、
よって本来の目的を喪失した寄り合いと化していく

日本人にとって政治も祭りも結局は同じなのだろう
要するに中身などはどうでもよい

ムラを形成する都合良い手段として、欠席裁判を断交する為の宴席として、それらはただそこにある
だけのものなのだ

そういうものに、いやそこにぶら下がる輩たちに、一体何を発言するというのか…

意味などない意義などもないことはやはりしない
2019-09-16 00:52:40[465]


創作組み合わせ怪談
暑いまことにまことに暑い夏がようやく終わった
猛暑に酷暑に激暑にと今年の夏はいずれの単語にも当てはまらない

嘔夏または吐夏あたりが適当か…

今年もまた例にもれず子供たちを対象に超怪談話大会を催したが、怖がる子供たちをよそにこちらは創作意欲もわかず、ネタの組み合わせに終始した…

僕には幽霊だの妖怪だのと言われ
ても全くリアリティーがわかない

心霊スポットに行ってもビールばかり飲んでしまう
見えただの見えるだの周りは狂喜乱舞だがこちらには何も見えない

暇だからちょいと脅かしてやると最後はオイオイと泣き出す始末…
うだるような暑さでビールはすっかり生温くなる
泣きたいのはこちらの方なのだが
、泣き止む気配すらないのは困る

怪談話を組み合わせると確かにそれなりに面白い
お岩さんに車を運転させてみたり
、お菊さんを同乗させてみたり、ろくろ首を鉢巻きにしてみたり、水道の蛇口から指という指を何本も流してみたり、先祖の遺影を笑わせてみたりと、こうなればもはや怪談ではなく喜劇に変化する

「うらめしや~」

恨めしいのはやはり暑すぎる夏だ

寝苦しさは全くもって恨めしい

来年の夏はどうか
余りの暑さで人間がドロドロ溶け出すかもしれない
そうなれば待ちに待った怪談だ
もちろん僕はまだ溶けたくはない

溶けるのをひたすらじっと見ているのがまだいい
2019-09-01 23:59:57[464]


戦後を辿る旅連載中止
季刊文芸誌「日曜作家」に連載中の「戦後を辿る旅」
好評を得ていたが…
今般早期の単行本出版が決定した

スタッフとは本件について何度も話し合いを重ねた
その結果「日曜作家」での連載を前号の27号をもって中止するという結論に至った…

実は既に原稿そのものは12章まで完成に至っいる…
先ずは来春には「シリーズ?」として甲山専用レーベルまきば出版から刊行する予定だ

旅は鹿児島県知覧及び万世を経て
、広島、長崎、市ヶ谷、加西、そして大阪へと続く

僕のライフワークとも言える、戦後を辿る本当の旅

今後はシリーズも次々延長されていくことになる

是非とも期待をしてもらいたい…

追記
ある事情により8月17日付で日曜作家同
人会を退会した
2019-08-19 00:00:13[463]


編集代表代行
或る季刊文芸誌
それは関西発の文芸誌としてよく知られている…
僕は縁あって創刊以来の同人だが
、今般訳あって代表代行として、
新号の編集に携わることになった


個人レーベルを持つ僕にとって、
印刷並びに製本業者とは懇意だ…
これまでの業者からレーベルの取引業者への移行
頁数と部数の確定の為の新号参画案内と返信葉書…
校正ゲラ締め切り並びに当該絶対返信の厳守など…
謂わば馴れ合い集団から機能集団へ…
代行はこの際変革も任されている


だがしかしだ…
参画有無の返信葉書さえもよこさない同人がいる
締め切りはおろか校正と書換を違える同人がいる
案内文に書かれている文言さえも理解ができない
変更になった原稿の送付先を繰り返して間違える
機能と温情を簡単にすり替える愚かさを露呈する

編集委員にしても話の全く通じない人間さえいた
電話での会話は1時間などはザラ

ストレスは溜まる
もはや尋常でない

はっきり言おうか
これらは狂気の沙汰以外に何ものでもないのだと…

なかでも酷いのが校正ゲラの返信を怠る或る同人…
彼はまさに常習犯
それだけではない
以前彼は公然と僕の作品についてこう評した
それも「ギブアップ」と…
僕は徹底して批評には沈黙をする

しかしギブアップは批評ではない

きちんとした日本語も知らない
彼は日本人ではないのか

では僕が教示する
本当の批評というものを

自分の生命の始末は自分できっちりつけるがよい
ギブアップはそっくりそのままに返してあげよう
つまらない作品など作文以下の文字の羅列
くだらない作品など掲載の価値も全くない
はっきり言って、いや言わなくと
も、反吐が出る
インクとパルプの無駄遣いも極めて甚だしい
資源の浪費は止めてもらいたい
ゲラの返信拒否は本人の自覚か
そこまで頭良いとは到底思わない
ズボラの境地
ギブアップの言葉は御方の生命と運命にそっくりお返しをしたい
反論を待とう

関西の同人誌がなぜ廃れたのか…
それは同人会自体がトップを頂点とする心情共同体として構成されているからだろう
比して関東の同人会は組織的な運営がなされている
もちろん読者のパイの問題もある

しかしそれだけではないはずだ
若手に目を向けない
その志向を無視する
時代に逆行する方法
関東が商業主義だとかどうだとか批判する以前に、配れば読んで貰
えるという甘えを省みるべきだ
僕は身体半分関東に寄せているが
、その宣伝活動は実に凄まじい
そして極めて効果的にやっている

代表におんぶに抱っこの同人会など所詮老人サークルと変わらない

それはもはや同人誌ではなくて、老人ミニコミ誌以下ではないのか

葉書の返信もない
校正の何たるかも知らない
締め切りを爪切り程度にしか理解できない
愚か者を見るには丁度良い機会を与えられたと思う

あらゆることには時というものが厳然としてある…
時代は変わっていく
読み手も変わるのだ
変わらないのは書き手だけだとは全くもって情けない
代行は次号で終わる
2019-08-05 08:37:11[462]