MyBlog Ver1.40



甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


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七夕短冊
小さな短冊に願いをしたためる
いかにも情緒的で懐古的な行為だ

七夕は地上の人間の誠にエテ勝手な祭りに変貌する
ここにも日本人のことなかれ主義とやらが見られて実に興味深い

今年もあちらこちらで短冊が結ばれた笹を見かけた
だが何時いつまでもそれを撤去しないだらしなさには逆に壁癖する

話を飛ばそう…

時々くだらない物見たさに暇を潰してみる時がある
大阪東部のある町だ
特にその東の果ての商店街は頭脳の悪さがそのまま露呈している

梅雨時となれば短冊は雨に濡れ、風が吹くと地面に落下していく…
早い話が単なるゴミになる訳だ
それでも撤去をしないズボラさはやはり真人間にはできない技だ
あの街を歩くと時々反吐が出そうになるのは正常な証拠だと言える

自転車通行禁止も守れない馬鹿
短冊にはやはりこう書くべきだ
「ちゃんと文字が読めますように

読めない人間はやはり書けない…
無理なことは要求すべきではない
気狂いが余計に気狂いになってし
まってはいけない
日本国家が廃る

更に話が飛ぶ…

例の街を少し南下すると子供会の壁新聞なるものが貼られていた
汚い文字
意味不明な記事
未来に乏しい餓鬼が稚拙な文字を使うのは断じてやめるべきたろう
そのとぼけたド厚かましさは世界一かもしれない
とにもかくにも…
象形文字に綴られたただのゴミ…
会を導く連中の低脳振りが伺える名作中の名作だ…
反吐を我慢しながらこうやって例の街界隈を歩くのも悪くはない…
そして健康で文化的な生活とは何かを真剣に考える

そういえば同じこの街だった…
以前前方から自転車で突っ込まれ
、そのまま逃亡された知人がいた

謝罪にも来ない…
そこでその知人は刑事民事で相手を訴えることにした
そこまでされてようやく事の重大さが分かる始末だ
しかもその後その相手は事もあろうか子供会の会長におさまった
そして数年後静岡の海に沈んだ
自分で自分の生命を守れない屑
そんな屑が子供の生命など守れる訳がないだろう…
家族の前で水死体とは中々の洒落の効いた死に方ではなかったか
お似合いもお似合い
死人に鞭を打たれまくるのも致し方ない

この街はやはりお目出度過ぎる
馬鹿が馬鹿を支える
塵が塵を支える
屑が屑を支える
阿呆が阿呆に群がる
醜いことだらけだではないか
良い所は皆無だというこの街はある意味では高い希少価値がある

気持ちが悪くなってしまった
話を元に戻そう

願いごとは努力により叶えられる

果てしない願いを短冊に託すのは子供のやることだ
大人はそういうことから早々に撤退すべきだろう…
それでも公民館前に老人会の短冊がヒラヒラ揺れる
潔さの欠如の象徴たるものが仕方無しに揺れている
あれにはもはや反吐などは出ない

出るのは溜息のみ
願い事の前に自らの生命の始末をつけるべきだろう
「何時までもこの世に生き続けられますように…」
そんな非常識な短冊が今年も舞っていたに違いない

七夕から夏本番…
群れる日本人の醜態が今年も短冊を通じて見られた
去年の僕の願い事は見事に叶えられたという訳だ

今年の僕の願い事
「来年も日本人観察の材料が直接垣間見ることができますように」
来年も願い事は間違いなく叶えられるに違いない
2019-07-22 00:07:17[461]


新作短編集
全作家短編集の新刊本が間もなく刊行発売される…
今年も漏れなく参画したこの企画

今回は僕にとってはかなり稀有な内容に仕上がった
ベトナム戦争並びにボートピープ
ルを根底にしつつ、近未来の日本
を予測したものだ

タイトルは「ホア」

ここ数年はベトナム戦争に係わる多くの資料を至るところから収集することに努めた
アメリカがベトナムにて敗走する

アメリカ軍史の悲劇と喜劇はここから始まったと見ていいだろう
ベトナムの近代史もまたベトナム戦争が起点となる

ボートピープルとして日本にやっ
て来たベトナム人は希望と絶望に翻弄されながら辛うじて生きていく
しかし日本は夢の国ジバンクでは決してなかった…
曖昧な国家行政…
分散された責任…
画一的強制社会…
何よりも国家を国民が守り抜く精神の著しい欠如…
夢は与えられない
夢の実現は命懸け
隣国からの脅しと恫喝にいとも簡単に平伏する外交
さらに追い打ちをかける無関心…
歴史を学ばぼうとしない若者たち
歴史は暗記ものにすり替えられ、忘却の彼方へ追いやられていく…
優秀な未来的な頭脳は日本的閉鎖システムから次々と逃れていく…
科学も芸術も今や日本にあるのは全てがその場しのぎのご都合的コピーに過ぎない…

ホアの視点は批判に満ちてはいない
ホアは日本をひたすら悲哀に思う
…ここには未来はないと考える
批判はまだその対象に救いがある

しかし悲哀は必ず侮蔑へと変わる

ホアの視点は実は書き手である僕の視点そのものだ
数年前にも同じことを書いたが、
敢えてもう一度繰り返してもいい

「日本という国は10年もたない」

あってはならないことが起こる…
そんな予感がする

ホアの視点と僕の視点
書き手の視点と登場人物の視点…
それらが違えたものはもはや文字の羅列でしかない…

新作短編「ホア」

間もなくの刊行だ
2019-07-08 00:00:17[460]


知人と友人
僕には知人はそこそこいるが友人となると殆どいない
では知人と友人の境目はどこか…
互いの名前さえ認識していればひとまずは非常知人には加われる
後は価値観の相違を共有できれば知人として採用する可能性がある

僕は相手に自分と同一の価値観を求めたりしない…
但し人格的に著しく劣る相手とは一切関わらない…
もちろん頭の良し悪しも大事だ…
こうした審査を経て知人となる

ここから友人になるのにはそれ相応の審査を要する
無駄な時間や金銭をくだらない人間の為に浪費することはしない
家柄や職業等はもちろんのこと、ありとあらゆる計測を実施する
但し当該知人にはその意識はない

まさか自分が友人資格審査中とは思いもよらないことに違いない
だから仮に嫌なら知人を辞めてもらっても一向に差し支えはない
去るものは追わず
即刻知人名簿からの抹消を行なう

こうして厳しい審査を経て僕にと
っての友人が生まれることになる

だがしかしだ…
実はこれで終わりではないのだ…

親友となるには更なる審査を経なければならない…
もちろん友人も親友も無期限の永久の立場ではない
常に更新はある…
そして更新できない場合もある…

人間は常に変わる
変わらない人間などはまずいない

現在の僕にとっての友人や親友はこうして厳選された人々ばかりだ

くだらない人間とは付き合わない

時間と金銭は貴重なものなのだ
2019-06-17 07:23:20[459]


探偵小説
再び探偵小説に夢中になっている
およそこの時期になると毎年同じ現象に没入する…
そして全く同じ症状に陥っていく

例えば…
甲賀三郎「支倉事件」は傑作だ…
刑事や素人探偵を煙に巻く犯人にはついついエールを送ってしまう

以前にも書いたが浜尾四郎もいい

それに江戸川乱歩だって忘れては
いけない
もちろん横溝正史もやはり同じだ

探偵小説の魅力は事件の難解さにあるの訳ではない
またまたその解決への道程にある訳でも決してない…
では魅力とは何か
それは登場人物の日常的性格に全て包含されている
人間の持つ表と裏
これが事件とともに顕わになる…

非日常に出くわした時にこそ人間はその本性をあからさまにする…
綺麗事を並べる上辺だけの人間の本来の醜さが一気に放出される
口だけ人間はどの時代にもいる
それを見抜く眼力こそ生きていく唯一かつ最善の処世術他ならない

探偵小説は僕には学びの宝庫だ…
いつかは書いてみたいなと思う
思うが事件解決より人間模様を描き過ぎて没になる可能性が高い
まだ暫くは周りの人間の観察に勤しむのもよかろう
そうやって先延ばしを続けている
2019-06-03 00:00:04[458]


大阪大空襲
再びピース大阪
ここは通算三度目だ
以前の話は割愛しよう

「戦後を辿る旅-2019-」が始まっ

今年度は大阪大空襲がテーマだ…

米軍の鬼畜さは原爆だけではない

敗戦の前日にも一般市民に向けて容赦のない爆弾を加えて続ける…
なかでも8月14日の京橋大空襲は
悲惨を遥かに超える
あれを誤爆とは決して言わせない

あれは明らかに一般市民を狙い撃ちにした殺戮に行為他ならない
裁かれるは米軍の鬼畜さだと語り継ぐのは極めて正しいことなのだ


「9?11」を弱者かつ敗北意識満載でアメリカはいつまでもほざく
しかしあのアメリカの惨めさを目の前にまさに溜飲を下げた日本人は多くいたはずだ
僕は知っている…
実際そうした日本人がいたことを

そして僕も飽きることなくあのシ
ーンを見続けていたひとりだった

赤いワインを飲みながら…
それに合うチーズをフォークで転がしながら…
格別の赤ワイン…
格別の味のチーズ…
その高尚な味覚は忘れられない…

京橋駅高架下真横に慰霊碑がある

ひたすらに鎮魂…
そして静かに黙祷
もちろん悲惨で陰惨な歴史は決して二度と繰り返してはならない
だからといって忘れてはならない

人間の記憶を舐めてはいけない…
記憶の継承を甘くみてはいけない

僕の戦後を辿る旅
それは決して終わることはない…
2019-05-20 00:00:16[457]


令和元年
元号が新しくなった
平成から「令和」へ…
時代が変わり新しくなったという意味では決してない
万世一系の歴史が受け継がれていくという事実に感銘を受けつつ、日本国民であることの意識を改めて持つという意義深さを感じる…
元号とはそうした公的な意味を持つものだと僕は思う
新たな歴史の始まり
日本人であることの誇りがそこになければならない

国歌を侮辱し、国旗を貶めて、万世一系の天皇を恥辱とするなら、堂々と国籍を離脱するのが最良だ

それでいてご都合的に国民としての権利を日本から十分に強奪しようとするのだから始末が悪いのだ


元号が新しくなっても国民が刷新
される訳ではない
但し意識は変わる
もちろん変えようとする高い知性があればの話しだ
日本を考える
日本の未来を考える
そんな真摯な国民がどれだけいるかはわからない…

余談になるが記す

平成最後の馬鹿として偶然にも最近ふたりの人物にお目に掛かった

ひとりはある都市銀行の支店長…
もうひとりは関西の有名私立大学の系列高の教頭…
支店長などまるで話にならないくらいに能天気なバカヤローだった

最近の銀行はダメ
時々は梅川昭美のような人間が喝を入れてみるのも良いではないか

一方系列高の教頭もなかなかご立派な台詞を僕に残してくれている

「校則というのは実は世間が決めるものなのです」
信念の欠片のないこの台詞は凄い

腐っても教頭とはこのことだろう

僕はあちこちでこの一連の経緯をばら撒いている…
そして多くの人間がこの経緯と発言に注目している
間違いなく彼は近いうちにまさに渦中の人物となって信奉する世間手やらに対峙せざるを得なくなる

馬鹿に付ける良薬は世間様ではなく社会の晒者となりはことなのだ

日本の国民の財布を預かる銀行…
教育という国家の核を担う学校…
そこにいる人間がこのテイタラク
もちろん僕の出会ったおふたりは末端もさらに末端
マッチ棒の先の燃えカス程度の存在には違いないが

話を元に戻そう

元号が変わっても国民は同じだ…
劣化した人間に何を期待するか
聞くだけ言うだけ野暮ではないか

令和元年にあたり
そう申し上げたい
2019-05-06 00:15:11[456]


戦後を辿る旅
季刊文芸誌「日曜作家」
既に書籍化されている甲山のオムニバス短編作品「優雅なるトマトケチャップ」を生み出すきっかけとなった極めて由緒ある文芸誌だ

今月から同じ文芸誌にて連載が新たに始まった…

「戦後を辿る旅」

これまで僕が巡った戦跡や戦争に関わる場所について一部小説仕立てで記したものだ

初回は靖國神社

この場所を語らずして先の大戦は語れない
いや、英霊に頭を垂れずして現代を平和を語ることは一切できない

靖國神社はそうした全ての意味において作品の始まりに相応しい場所だと僕は思う…

靖國から知覧へ
知覧から万世へ
万世から広島へ
広島から長崎へ
さらに…

連載は延々と続く

延々と…
2019-04-22 07:22:05[455]


2019年度
新しい年度になった
年度を新旧の基準にしている僕にとって4月1日は所謂元旦に等しい


新年度はどんな1年にしたいと思うか
それはまさに愚問の骨頂に等しい
誰も彼も悪い1年にしてみたいなどとは決して答えない
新しさとは全てが刷新されることではないはずで、同じ轍を二度と踏まないと肝に命じることこそ、実は新しさの真髄だと僕は考える

同じ轍を踏まず…

しかし人間は同じような轍をまた踏む弱さを備える
まさに弱さの自覚
弱さに臆病であれ
弱さを徹底的に自覚してそれに神経質な位に臆病である人間程実は強いものはいない
いくら言葉や身体で威勢や虚勢を張ったとしても、弱さの真髄は目
の奥に否応なく表れてくるものだ

弱さを隠さない…

弱さを隠さず、強さを誇示せず、
下劣な政りと祭りには関わらない

本音は言わず、建前に終始して、
書くべことを呻吟しつつ文字にする
危うい人間には近寄らない
思索を止めない
同じ轍を踏まないとする原理原則は延々変わらない

今年度は多忙になりそうな気配だ

よって頭を鍛えることはもちろん
だが、同時に体調管理も怠らない

なるほど…
頭の鍛錬にしても体調管理にして
もいずれも僕の弱さの真髄なのだ

弱さを隠さず
弱さは強さ…
こうした自己暗示もまた弱さなのだろうか
2019-04-08 08:15:40[454]


新作長編小説発刊
4月1日付発刊発売の新作長編小説

「byebye 君が来た道 僕が行く道」
甲山羊二著
まきば出版
定価2200円

発売に先立って、先ずはまきば出
版傘下である「オンラインブックショップまきば書店」に入荷した

300ページに及ぶ初めての長編だ

加えて…
正式な予約などはまだ受け付けてはいないものの、既に問い合わせや更には仮の予約をも沢山頂いた

実に感謝に耐えない

形ある芸術はひとりの力だけでは完成には至らない
数多くのひとたちの結集と結晶なければ1冊の著作物とはならない

だからこそ感謝に耐えないのだ…

だがしかし全てのアーティストが
僕と同じ感情を持つとは限らない

自分の作品を軽々と適当に扱う人を僕は知っている
まるでそれをばら撒くように扱った人を僕は本当に知っているのだ

それを僕はアーティストと決して
呼ばない認めない
作品を形にする過程において関わった多くの人たちや応援をしてくれた無数の人たち…
そうした周囲の心情を鑑みれない人は自らをアーティストと称する
資格は無いに等しい
それでいて他人に同情を得ようと自らを悲劇のヒロインに仕立てる

もう一度言おう…
そういうエセアーティストを僕は
身近なところで知っているのだ

だから何度でも僕は繰り返したい

しかも心の底から
僕の作品に関わった全ての人へ
本当にありがとう
その応援が叱咤激励がどれだけ励みになっていることだろう
甲山は支えがないと甲山ではあり得ない
とにかく僕は繰り返したい
感謝で心からの感謝で一杯なのだと…
2019-03-14 21:44:13[453]


4月1日
新作長編の発売日が正式に決まった

4月1日月曜日

「byebye-君が来た道 僕が行く道」
 まきば出版
 価格2200円

300ページを超える

発売に向けてのポスターの原案も完成した
全てはスタッフの尽力による

前回の作品
「優雅なるトマトケチャップ」
 まきば出版

今回はその時以上に宣伝にかなりの熱がこもっている

本が売れない時代
それでも本を出す
なぜか
芸術は目先を追わない
いや追ってはいけない
実体としてどう残すか
またどう残るかが重要なのだから
挑戦の無いところには何も残らない
いや何ひとつ残るはずなどない…

「byebye-君が来た道 僕が行く道」

4月1日月曜日

産声はもうすぐそこだ
2019-03-04 06:52:55[452]