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甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


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世間と世間体
『「世間体」の構造』(NHKブックス)井上忠司著

日本は極めて不思議な国だ
生まれてこの方長く日本人をやってきてつくづくそう思う
結論から言えばムラの蓄積がこの国のカタチだということになる
近所というムラ
職場というムラ
宗教というムラ
親戚というムラ
同窓というムラ
あらゆるムラムラムラ
山本七平流に言えばムラは所謂心情的な共同体に過ぎないということになる
つまり情緒的属性がこの国を支配しているという訳だ
だから当たり前の議論はできない
ただし当たり前の陰口と寄合と談合は得意中の得意になっていく

本書は社会心理史の立場から世間体を掘り下げている
これを読んだらまた無性にあの『甘えの構造』を読みたくなった
読書とはそういうものだと思う

僕は陰口は言わない
言うべきことは直接本人に伝える
陰口を言われたらどうするか
基本は放置する
酷い場合は法に照らして対処する
今までもこれからも変わらない
ただしこういう対処は日本人的でないから当然嫌われ疎まれる
だがしかしだ
日本は放置国家ではなくれっきとした法治国家だ
相手が誰であれつまらなくくだらないムラの情緒になど流されない
ムラなどクソ喰らえ
僕はそういう考えなのだ
2017-06-17 01:30:24[411]


芸術かぼちゃ
『無限の網』(新潮文庫)草間彌生著

草間彌生といえば瀬戸内海浮かぶ島の例のかぼちゃを思い浮かべる…
先月終了してしまった東京での美術展
僕の東京行き計画が頓挫したのは理由があってのこと
それはひょっとしたら瀬戸内海のあの芸術かぼちゃを先ずは見るべしとの神の導きかもしれない

所詮芸術などは道楽に過ぎない
これは多くの日本人が持つ偽らざる考えだろう
経歴こそが、組織における肩書こそが或いは属性こそが、ビジネスにおける実績こそが、日本人の支えである訳だからそれもやむを得ない
だから定年退職後もボランティア活動と銘打って何時までも肩書やら属性やらに強くしつこく拘り続ける
ただし自分では何ひとつ創造すらできない
そうやって社会の寄生虫と化してしかもその自覚さえなしにひたすら生き延び続けることになる

本書はそんな日本人の性根を見事にぶった斬っている
この国には個人主義も個もない…
あるのは沈黙と笑顔とその奥にある排他と排除の心だ
その負のベクトルが芸術と芸術家とそれを愛する者へと向けられる
だから才能が流れていくのだろう
草間彌生は日本人を知っている
本書は日本人論を語るにまさに必携の一冊だと思う
2017-06-05 00:00:40[410]


戦後を辿る旅

『シベリア抑留者たちの戦後』(人文書院)富田武著

昨年、舞鶴にある引き揚げ記念館に行った
僕にとってそこは靖国神社そして知覧から始まった「戦後を辿る旅」のひとまずの終着点としての位置付けだった

舞鶴という町は確かに或る意味僕をセンチメンタルにさせ、また或る意味僕を鼓舞させるには充分な雰囲気を醸していたと思う
海、港、赤レンガ倉庫、水兵、海上自衛隊など…

ただこの際だからはっきり言おうと思う…
引き揚げ記念館そのものに僕は随分失望した
展示の中身
さらにはその規模…
記念館としていったい何を後世に残そうとしているのか
その意図するところが僕には皆目理解できなかったのだ

歴史は人間が拵える
人間にだって表と裏がある
だから歴史にも表と裏があるのは至極当然だ
その意味で記念館は僕の知的好奇心を満足させはしなかった
人に考察を与えるのは難しい
表と裏
視点は双方に向けられるべきではないのか
迎えの家族に目もくれずに桟橋からインターナショナルを合唱しながら代々木に向かった
そうした歴史もまた厳然たる事実として晒すべきではないのか

本書は資料として上級だと僕は思う
なぜか
後世に語られるべきこと
表と裏
そこが明確に示されているからだ
表裏一体
歴史も同じだ
全てはお目出度いことばかりではない
歴史は嘘をつかない
人もまた歴史に嘘を与えてはならない
2017-05-22 00:15:10[409]


餅は餅屋

『民警』(扶桑社)猪瀬直樹著

民警とはまさにその言葉通り
所謂民間警察のこと
僕も個人的に随分お世話になっている

公権力下にある警察は事件にならないと動くことはない
時々事件になっても動かないことがあるからこれまた厄介極まりない
真面目に真摯に職務に取り組んでいる警察官にとって迷惑極まりない話だろう

民警は事件を未然に防ぐ
或いは起こった事件を素早く更に手際良く警察へとバトンタッチする
事件の解決はここから始まる
本書はそうした民警の歴史をきちんと紐解いてくれる

猪瀬直樹という作家
眼力と取材力と筆力はとにかく鋭い
なぜこの人が政治の世界になんぞ分け入ってしまったのか
僕は今なお理解に苦しむ
そしてようやく帰ってきた猪瀬直樹
やっぱり餅は餅屋でいい

話は変わる
先日楠公ゆかりのある神社へ行った
朱印をお願いしたらスキンヘッドの神職がガムを噛みながらそれに対応してくれた
政治家になってはいけなかった猪瀬直樹
神職になってはいけなかったその男性
もちろん全然比較にはならない
2017-05-08 07:15:01[408]


かえる兄弟

先月、新作掌編「かえる兄弟」が文芸誌『さくさく』67号に掲載された
甲山流お得意の皮肉ユーモア
読者にはじっくりたっぷり楽しんでもらいたい

昨今は日本人のマナーの悪さが半端ない
特に老人のそれが極めて目立ってしょうがない
大阪の北部のホタルの名所でも鑑賞ではなくそれを生捕る老害まで出没しているという
情緒を失った日本人
五感を楽しむ余裕まで喪失してしまったのだろうか
いやそうに違いない

「かえる兄弟」には「僕」という人間とかえる兄弟のみが登場する
そこでの他愛もない会話
人間とかえるが会話する
それを完全なる言葉のやり取りと解釈するとかなりややこしい
五感を使ってのやり取り
それはかえる以外にもお犬やお猫とも可能だろう
情緒とはそういうものだと僕は思う

僕は色々な動物と会話をする
少なくとも僕にはちゃんと情緒がある
だから老害へとマイナス成長することはない
自然は人間の持つ情緒を上手に引き出してくれる導き手でもある
だから素晴らしいのだ
2017-04-17 08:44:07[407]


ゴーギャン

名古屋にゴーギャンを観に出かけた
意外にも兵庫には来ない
もちろん大阪に来るはずもない
ならば尾張へ向かうべし
意志決定は極めて簡明だ

ゴーギャンについては湯原かの子さんによる立派な評伝がある
『ゴーギャン』講談社選書メチエ
因みに湯原さんによる藤田嗣治についての評伝もかなり良い

ゴーギャンといえば先ずはタヒチを思い浮かべる
これまでに接した作品の中でタヒチを舞台にしたものへの魅了度はまた格別だ
そこにはゴーギャン自身が描かれている
ゴーギャンの魂がそこに厳然と存在し…
描くことを通して自らを洞察した証を伺い知ることができる
奔放と評されることが多いゴーギャン
勿論それは事実に違いない
ただ一方で自己放棄には決して至らない
自分を凝視するその力は奔放などではなかった
実は真面目で繊細かつ鋭さは失わない
嫉妬を覚える程の力強さが作品の隅々に流れている

絵画は物語る
作品自体に言葉は写らなくても耳を澄ませばそれは聞こえる
作品を通してゴーギャンと語る
その時普段の言葉は瞬く間に宝石と化する
何と贅沢なことだろう
「儲かってまっか」
「ぼちぼちですわ」
そんな愚鈍で腹黒な台詞とはやっぱり比べようもない
2017-04-03 10:59:04[406]


ベルリンの壁

『壁の向こうの狂気』(恒文社)西尾幹二著

東欧と西欧
東側と西側
東西冷戦を表すこれらの言葉
そしてベルリンの壁はその象徴だった
壁の崩壊による東西雪解け
それによって東側に向かった自由
東側の戸惑い
強い困惑…
さらに失望
自由も結局はあくまでひとつの体制であることを著者は明確に語る
資料としては一級品だと僕は思う

ベルリンの壁
それがどこにどのようにあったか明確に語れる日本人が現在どれだけいるのだろうか
壁は東西ドイツの国境にあった
そんな詭弁と奇弁を発する愚か者も現にいる
それが若者ならまだ許容できる
中年はどうだろう
団塊はどうだろう
老害はどうだろう
無知は悲劇の象徴に他ならない

自由は体制だ
だから喪失することだってあり得る
その必然を私たちは忘却してはならない
自由を守る
体制を護る
自らそうする
他国から守られるのでも護られるのでもない
今日本は丁度その分岐点にある
現状認識の欠如も無知と同様
本書はそう教えてくれた
2017-03-23 16:08:06[405]


分断されるアメリカ

『分断されるアメリカ』(集英社文庫)サミュエル・ハンチントン著〈鈴木主税訳〉

トランプ大統領の放言が話題になっている
というよりその発言を専ら暴言として報道しようとするメディアの姿勢に首を傾げる御方もきっとおられるはず…
メディアも所詮はただのサラリーマン集団
個をもっての報道などできる訳がない…

大統領戦の折
アメリカ在住の知人はトランプが勝利するといってはばからなかった
それもひとりやふたりではない
メキシコ移民の問題もあからさまに語ってくれた
いやメキシコについてだけではない…
アメリカが抱える問題
それはアメリカ人の言語と宗教の問題であり同時にヒスパニックに係わる教育と経済に波及する問題でもある
だからトランプの勝利は当然だった
ただ日本のメディアの予測は違った
そして今もなおその総括に着手すらしようとしない

日本人は移民も難民も制度と切り離したところでしか理解できない
自己主張の下手な日本人は移民と難民を自分たちと同じメンタリティーを持つものとして捉えようとする
結局アメリカの問題は他国の問題
トランプ大統領イコール暴言宰相
理解不能な案件はこうして片付けられてしまう

本書はアメリカのナショナル・アイデンティティを明確に位置付ける
そうしてサブナショナル・アイデンティティについて掘り下げていく
宗教によるアイデンティティの形成
言語によるアイデンティティの保持
これらをリンクさせて現代アメリカを見事に語っていく
ある意味ではエキサイティングでスリリングな一面も持つ
これも日本のメディアにはない

広告によって生かされている日本のメディア
専門家でもないタレントを並べて議論の風体だけを形作る
そこから学べることは皆無
日本には個は存在しない
あるのは集団とそれを支える共感性のみ
少なくとも欧米的個は今までもそして今もさらにこれからも存在などしない

個に徹し孤に徹する
この考えは僕の基本だ
先ずは自分の頭で考える
次に現地とコンタクトする
そしてまた頭で整理する
本書はその手助けにもなりうる
2017-03-13 22:08:10[404]


心中侮蔑

キレやすい老人が増えたそうな
そういえば先日も電車内でそれに近い人間を目撃した
自分で自分の命を始末することさえもできない
世の中の役に立つどころかお荷物と化している
それでも医療の発達と善良な血税により生かされ続けている
結局敬老に値する老人はごくわずか
相当に希少価値がある

僕は老人に限らず面前で他人を侮ることなどはしない
安易な笑顔も見せないが怒りを露わにすることもない
心中侮蔑
心はいつも自由だ
自由な心で気の向くまま侮蔑する

例えば自転車通行が禁止されている大阪東部の商店街
そこを疾走する輩はゴミ同然の馬鹿
禁止を示す看板の文字が読めない文盲に違いない
これは別の意味で希少価値ありだ
そこでも僕の心中侮蔑が静かに始まる
とにもかくにも統計的には僕が居住する地域民へのそれが数値としてダントツを誇る
さぞかし名誉なことだろう
飛び上がって大喜びすればよろしい
民度の低い連中にはそれすらの脳力と能力もないだろうが…

とにもかくにも…
僕はトランプ大統領のように放言はしない
いや全くしないわけでもない
言うべきことは言う
伝えるべきことは伝える
但し相手の能力にもよる
F ランクやボーダーフリー等のレベルの低い人間に何を言っても始まらない
言うだけムダ
全くムダ
ムダとムラとムリは避ける
屁の突っ張りにもなりはしない

僕が本気でキレる時
それは自分と自分の家族の生命に係わる時だ
かつて自転車で僕に正面からぶち当たった糞も大阪東部の人間だった
当然僕はぶちギレた
そのかいあって彼は後に太平洋の海に沈んだ

いずれにしても心中侮蔑は心地良い
健康で文化的な生活のためにはこれが一番なのだ
2017-03-06 11:14:09[403]


毒になる親

『毒になる親』(講談社+α文庫)スーザン・フォワード著〈玉置悟訳〉を読了した
著者はアメリカ人セラピストでありインストラクターでもある人物だ

毒になる親
インパクトのあるそのタイトル
タイトルだけではない
本書にはショッキングな事例が数多く挙げられている
理不尽な親ではない
あくまでも毒になる親だ

親と子
溺愛する親もいれば干渉し過ぎる親もいる
過剰な躾を良しとする親もいればその逆をいく親もいる
そもそも親は理不尽なことをやる
僕もそういった理不尽さに傷ついた経験を持つ
僕だけではない
ほとんどの人間は理不尽な親に傷つき、同時にその存在を何とか受容した経験を持つのだと思う
子どもにとって逃避不可能な親という存在
自分自身をコントロールするという意味の貴重な訓練は理不尽な親を親として認識することから始まる
さらに理不尽さは継承される
子どもがその後に親となっても同じこと
だから虐待がいかに犯罪性を帯びていて危険なのかもわかる

毒になる親
親になる前に先ずは大人にならなければならない
毒になる大人
いや違う
大人に成りきれない子ども
そうした子どもが子どもを産み育てようとする
この蔓延が家族のみならず社会全体を壊していく
本書はそこに警鐘をならしている
2017-02-27 12:37:17[402]