MyBlog Ver1.40



甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


■公式ホームページ


あたりまえへの共感

こんな内容の車内アナウンスをご存じだろうか

「私達はお困りの客に積極的に声掛けをしている
よって皆もそういう客を見掛けたら同じようにやってもらいたい」

このアナウンスを聞く度に僕は気持ちが悪くなる

困った客に手を差し伸べる社員
それに対しては給与が支払われる
ただ最近は乗客のクレームにパニクって駅高架下へ飛び降りる程度の低い社員も現れる有様
客が困る前に鉄道会社の社員の中に全くもっての真の困ったチャンがいるのも確かだ

駅で困った客は先ずは駅員を頼りにすればいい
客が他の客に対して困っているかどうかを見極める
そんなことまで鉄道会社に委ねられる筋合いはない…

「とにかく声掛けをしましょう
私たちは仕事としてやります
皆さんには報酬はありません
ただあたりまえを分かち合えばいいんです」

何をか況んや
客にボランティアを推進する鉄道会社のメンタリティーに世間体や建て前という言葉が見え隠れして実に気持ちが悪い

他の客に尋ねられれば例外を除き僕はあたりまえに応える
それはこれから先も変わらない
にもかかわらずそうしたあたりまえに対してまであえて共感を求めようとする…

共感さえしておけばいい
建て前さえ整えればいい
そして口先だけは見事に発達する
口先の共感はいらない
共感しなくてもあたりまえにやる
わざわざ鉄道会社に言われる筋合いはない
2017-02-20 08:22:15[401]


連載小説
短編オムニバス「優雅なるトマトケチャップ」の連載が終了した
連載が始まって4年
バージョン?は単行本になった
バージョン?については現在のところ書籍化の予定はない…

始めた当初は全くの手探りだった…
ただ評価は良かった
誌評などにも何度か取り上げられた
書籍化はそうした積み重ねにより実現することとなった
バージョン?は惰性ではなく自然の流れだった

書いていて苦痛はなかった
むしろ居心地の良さを感じていた
実はバージョン?の構想もなくはなかった
けれどもここで終了を決めた…

始めたものは必ず終わりがある
自然の流れに任せることはあってはならない
それが連載のやり方だと僕は思う
惰性でないものが惰性の性質を帯びる前に引いておく
結局は所詮小説
されど小説なのだ

「優雅なるトマトケチャップ」は多くの人に愛された
いつかバージョン?を始めることがあったとしても…
ただしそれはもはや「優雅なるトマトケチャップ」ではない
新たなものが新たな形で始まっていく…
その期待があるから書ける
たかが小説でもいい
ワクワクできるものがある
だからこそ書けるのだ
2017-02-13 08:15:04[400]


李良枝

過去の芥川賞受賞作品の中でベスト3を挙げよと言われれば…
僕は間違いなく次の3作品を挙げる
森敦「月山」
村上龍「限りなく透明に近いブルー」
李良枝「由熙」
中でも「由熙」は僕の中では極めて評価が高い

僕の手元に「李良枝全集」がある
たった一冊の完結型全集
そこには李良枝という作家の才能が全て込められている
読み手を嫉妬させる程の研ぎ澄まされた文体
そして彼女の突然の死
もし…
もし彼女が生きていたら…
あらゆる言葉を洗練の遥か彼方へと押し上げたに違いない

時々無性に「由熙」が読みたくなる
時々無性に李良枝の言葉に触れたくなる
そして全ては彼女が遺していったものだと改めて気づく

遺された言葉は後世によって育まれる
李良枝は言葉とともに生きている
そう思う
2017-02-06 09:44:19[399]


夢野久作

夢野久作といったらやっぱり「ドグラ・マグラ」
「ドグラ・マグラ」といえばなんたって夢野久作
この公式を知らない御方はもはや読書人ではない
夢野久作は甲山羊二超推奨
赤江漠と並ぶ僕の御師匠だ

僕は学生時代に夢野久作を知った
先輩が「ドグラ・マグラ」を読んでお前も是非どうだと勧めてくれた
但し二、三日 は頭の中がぼおっとするという
ぼおっとしていて更にぼおっとしたかった僕は勧められるまま読んだ
ところがなぜかちっとも頭の中はぼおっとなどしなかった
むしろ冴えに冴えてどうしようもなかった…
このあまりの衝撃は今もしっかり覚えている
だから今でもぼおっとしているなど時は必ず「ドグラ・マグラ」を読む
そして覚醒する

昨年「夢野久作全集第1巻」が刊行された
覚醒を夢見て購入しようと思ったらその価格に驚いた
高級てっちりまたはスッポンコースに軽く匹敵する…
僕はここでまた改めて覚醒してしまった

だがしかしだ
夢野久作は僕の大師匠だ
てっちりやスッポンとは訳が違う
よって覚醒してしまったついでに思い切って購入を決めた

ほぼ半年に一度の定期刊行
今後僕もその都度覚醒する
僕だっていつまでもぼおっとなどしてはいられない
ということだろうか
2017-01-22 15:23:09[398]


新・成人式

今年もあちらこちらで新成人が大暴れしたそうな
所詮成人式などという儀式は大人たちの世間体の取り繕いに過ぎない
静粛という名の意味不明な「共感の缶詰め」に新成人を放り込んで楽しむのは時代遅れも甚だしい

だがしかし大暴れという愚行もまたあってはならないこと
育ちの悪さからくる有り余る馬鹿者パワー
その愚か者たちのために僕は僕流の成人式をあえて提案したいと思う

まず式は屋外でやる
そして幾つものアトラクションを設定する
もちろん参加者は新成人だ
暴力的な新成人は希望により金網の中で猛獣と対決してもらおう
人間対猛獣
ラッシャー木村もびっくりのデスマッチだ
希望者だけなら面白くない
ここは成人に至るまでの数々の悪事を予め調査して強制参加もまたいい
相手はライオンや虎や毒蛇
悪事のランクにより闘う相手は異なる
場合によっては人間対人間も楽しい
もちろん不参加や逃避は絶対に許されない
即実刑判決
執行猶予はない

ここでは賭事も許される
ワイドもまたいい
イカサマだっていい
ただし甚だしいズルに対しては体でそのツケを払わせる
さらに払戻金にはたっぷりの課税が待っている

他には男と女が口説き合うアトラクション
ただ泥酔するのみのアトラクション
いじめっ子をいじめられっ子が復讐できるアトラクション
ぼったくりバー
ストリップ小屋
そうだ
両親や恩師への罵詈雑言アトラクションもいい

とにかく考えつくものは全てやる
そして全ては参加者の自己責任とする
人生の酸いも甘いも式内でたっぷり教え込む
テーマは「淘汰と再生」
これがいい

とにもかくにも現状の成人式はつまらない
大人はそれをよく知っている
知っているのに変えない
でも時代は変わっている
思い切って成人式を変えてみよう
もちろん僕は責任はとらない
2017-01-14 19:29:24[397]


能力と脳力
新しい年になった…
だと言え以前賢者は賢者であり馬鹿は馬鹿のままに違いない
馬鹿から賢者への華麗なる転身はそう簡単ではない

能力と脳力は比例するのかしないのか…
僕は比例すると思う
結局は脳が能を創成する
脳の皮質や内容に問題があれば能にも響く

日本人は何でもかんでも心のせいにする
しかし心は所詮脳力のことだ
そして脳力はやはり能力ということになる

もちろん脳力と能力が健全にリンクすれば言うことはない
不健全な場合はそれが詐欺や窃盗や傷害や殺人などへ顕在化する

こんなことを書くと甲山は何時も上から目線だと非難される
でも僕は逆に居直ってこう言いたい
「あなたはなぜそんなに下から目線なのか」
自己卑下は美徳ばかりではない
2017-01-11 13:15:41[396]


願わくは…

年末から再度「古事記」を読み始めた
だがしかし何度読んでも達成感が微塵も沸いてこない
導き手がいない空虚さとはこういうものかもしれない

今回テキストにしたのは「古事記とはなにか〜天皇の世界の物語」(講談社学術文庫)神野志隆光著
そして原文は「古事記」(岩波書店)倉野憲司注を辿った

テキストは日本書紀との対比に巧く入っていく
天孫降臨アマテラスの出現は圧巻だがそれ故に僕はここで毎度躓く…
高天原を中心とする世界関係の機軸についてはもはや理解を超えている

律令国家の構築と神話構成の関係
歴史は決して嘘をつかない
つくのは何時だって人間だ
神話の中にあるカミを通して人間の浅はかさを類推する
この類推が結局躓きの原因なのかもしれない

それでも「古事記」は止められない
これで学術論文など以ての外だが…
でも何時かはとまたまた新たなテキストを探してしまう
これは躓きでなく業だ

とにもかくにも…
嗚呼…
願わくはこの僕に良い導き手が現れんことを…
と強く望む外ない
2016-12-31 20:59:09[395]


猿に去る

猿年が終わろうとしている
僕の場合は元旦以外は仕事に精を出す主義だから別段どうこう特には関係はない
年賀状など出さないし返事も書かない
それでもなお奇特な方はいらっしゃる

とにもかくにもとりあえず人並みに一年を振り返ってみると…
今年は何とも不思議な年だったとつくづく思う
色々と些末なことがあってこれまでの人間関係に決着をつけたケースが非常に多い一年だった
もっと言えばくすぶっていたことが表面化して相手の性根と本性が見事なまでに丸見えの状態になった
実のところそれによる決別は僕にとって極めてポジティブなことなのだ
そこから出てくる言葉は身軽の一言のみ
人間関係の断捨離は実践しないと意味はない

猿年に去る
お猿さんは愛おしいが粘着性のある人間関係はやはり鬱陶しい
こちらの心の襞にまでべとべと触れようとする
そうすることが真の親密さを示すものだと大いに勘違いされるのはこちらにとっては実に極めて心外だ

僕にも親友と呼べる相手はいる
ただしその関係は実にドライだ
過去は語らない
語るのは今のみ
そういう相手に共通しているのは高い向上心を持ち合わせていること
そしてオンとオフをしっかりわきまえていること
だからしっかり仕事をする一方で遊び心も旺盛だ
特定の他人の悪口など決して言わない
お互いの時と場にそんなものは不要だ

年が変わっても自分が変わらなければ何も変わらない…
自分という人間はどんな人間と普段つきあっているのか
そういうことを時々は顧みることも必要だ
安易に近づいて来る人は怖い
その人の周囲を見ると怖さは倍増する
つきあう相手か否か
その判断はその周囲で判断できる
日頃から人間への識別は怠らない
これは訓練によって成る

猿年は去っても教訓は残る
その意味で今年はとてもよい年だったと言える気がする
来年はどんな年になるか…
いづれにせよ…
来年も訓練は続く
2016-12-19 12:45:08[394]


流行語

今年の流行語大賞
例の「…日本死ね」は何ともきっちりノミネートされていた
言葉の乱れと知的劣化はもはや止まるところを知らない
僕が呆れたのは「日本死ね」を賞賛する識者等のコメントだ
さらにその中に生きた言葉扱うはずの作家が選考委員として含まれていたことにも注目しなければならない

「社会に与えたインパクト」

当該作家はそうコメントした
仮にそれが正当ならばトランプは十分にその資質を有している
良いか悪いかは別にして彼は言葉の持つインパクトによって次期大統領の地位についた
「土人」はどうなのか
政治家の言葉はどうなのか
長谷川豊氏の言葉にも世間は強く反応した
そして一斉に彼を叩いた
陛下のお言葉にも驚きを持った
いったい全体この作家の文学性とはただ単純にインパクトだけで済むレベルのまのなのか

インパクトだけで言葉が正当性を示すならこの世から全ての差別用語を排除すればいい
「日本死ね」は日本人に対する侮蔑に他ならない
それを賞賛する輩は知的劣化を超え障害の域に達すると自覚すればいい

本も読まない
新聞も読まない
読むのはメールやラインの文字の羅列だけ
言葉を忘れた日本人がインパクトだけで言葉を弄ぶとどうなるか
その結末が「日本死ね」だと僕は思う

日本国よ、崩壊せよ
日本人よ、滅亡せよ
日本死ねを唱えた輩は一体どこの国の何人に当たるのか

言葉は生きている
だから扱いが難しい
流行語ではない含蓄ある言葉とは何か
これを模索するのが作家だと僕は思う
安直に欺瞞を持って下劣な言葉を流行語だと賞賛する
そんな作家は消えた方がいい
2016-12-13 12:30:30[393]


前例の効能

スマホ片手に画面を見入る
耳にはイヤホン
歩速はスロー
ホームの脇をダラダラと

老若男女問わず
これが至極当たり前の光景

ところがこういう輩がスッテンコロリンホーム下へ転落
こういう事態に遭遇する度に僕はルート変更を余儀なくされる

僕はそういう輩に手を差し伸べたりはしない
リスクを省みない人間を或いは他人の迷惑を迷惑とも思えない想像力の欠如した人間を救うことはない
なぜか
理由は簡単
そうした前例が僕にはないからだ

そもそもスマホ片手に耳栓は最初から社会との断絶を意思表示しているようなものだ
我を忘れるほどのゲームや音楽は決して他人を寄せ付けない
当事者にはそれ相応の覚悟があってのことだろう
僕はその覚悟に邪魔はしない
それに伴う自己責任にも介入しない
スマホ片手に乳母車も同じ
子供は不幸かもしれないがそうした運命を顧みる程こちらも暇ではない
僕は僕のためにルート変更をすぐさま行う
そして目的地へと急ぐ

これまでもこういう類の転落を何度か目撃した
ここは慎重な議論が必要だろうと僕はその時思った
救うべき命か否か
何より彼ら彼女らの覚悟に水を差してはいけない
いやはやつまらぬ議論は無用
やはり前例のないことはできない

スマホに命を懸ける意味は僕には分からない
分からないけれどもそういう人間は現にいる
迷惑だがそういう生き方もまた尊重しなければならない
尊重せず蔑ろにする前例は僕にはない
前例とは些末な関わりを断捨する精神衛生薬なのだ
2016-12-01 09:44:12[392]