MyBlog Ver1.40



甲山羊二オフィシャルブログ
Writing by 甲山羊二
 オフィシャルページにある奥の部屋で、コラムでもなく、エッセイでもなく、もちろん小説でもない、ただのつぶやきをほんの少しだけ形にしようとする。
 僕がつぶやくことで僕自身が導かれ癒され納得する。
 それもいい。
 さすが典型的B型人間甲山羊二だ。
 だからいい。やはりいい。


■公式ホームページ


愚問へのお答え

甲山さんの好きな作家を挙げて下さい
こうした類の質問に対してまともに答えることについて僕は正直へきへきしている…
質問者の質問はいつも自由で気ままだ…
それに質問者は予め回答を練り上げその範疇にはめ込むことしか考えていない…

僕の好きな作家はマンスフィールドと赤江漠と村上春樹と須賀敦子と…
そこで質問者は大いに裏切られ時には気分を損ねて僕に失望を覚える
なぜマンスフィールドや村上春樹がいけないのだろうか
実はこういう質問は同人仲間が発する場合が極めて多い
夏目漱石や志賀直哉や田山花袋などなど…
彼らが期待する回答は殆ど決まっている
そして僕もまたそういう相手の態度をアホかと思う
書き手がこうだから読み手もそっぽ向く
相乗効果はいつも健全で等しいことがこれで分かるという訳だ

とにもかくにも僕はマンスフィールドという作家が大好きだ
彼女の短編はいつも揺れている
つまり欲張りでなくひ弱さもなく強情でもない
読む度に印象が違う
こう読め、ああ読め、などといった押し付けがましさが感じられない
小説はこうでなきゃ

質問者の期待を裏切ることはとても愉快だ
だいたいそういう質問を事も無げにする連中ほど僕の作品に目を通したこともないのが殆どだ
質問は相手を調べてやる方がいい
推薦図書を挙げてくれという依頼もこれまた然りだ
三島由紀夫の「憂国」を僕が推薦してもあれこれ理由を付けて却下する
こういう例は建前だけの学校に多く見られる

マンスフィールドはとにかく良い
一度読んでみな
と推薦しても読まない人は決して読まない

好きな作家を公表しようが好きな作品を推薦しようが相手の知性にもよりけりだ
やるだけ無駄ならやらない方がましだ…

あの人は芥川龍之介の再来だ
そんな台詞しか吐けない人ほどなぜか他人への妬みだけは凄い
日本人はだから興味深い訳だ
2016-02-08 10:45:18[361]


整理術一考察

仕事のできる人は極めて整理が上手い…
必要な物を無くすことなどまずないし物忘れもほとんどない…
そこは子どもも同じ
しっかり勉強のできる子どもは身の回りの整理だってきちんとできるという訳だ

鞄の中がぐちゃぐちゃというサラリーマンの姿を時々見かける
何を探しているのやら必死の形相で鞄の中をかき回している光景は明らかに滑稽そのものだと言える…

整理整頓という技は大人になってからはほとんど身につかない
それは質の良い周囲の者から躾を通してのみ自分のものになる

僕は例えば書類整理には必ずやクリアファイルを活用する…
クリアファイルは最適
街中で時々配布されていれるもので十分
ロゴやら一切問題ない
配り手が可愛いお姉さんであるかもまたここでは問題ではない
いやちょっと気になる
時もある…

用途別目的別に予め整理しておけば後は必要なファイルを鞄に入れるだけ
例のあの米研ぎサラリーマンのように鞄の中を引っかき回すことも必要ないのだ

だから僕の仕事場には各種のロゴ入りファイルが存在する…
盗作でも類似でも良い
そこで…
今日もあなたのファイルを心よりお待ちしております
とここに添えておこう
2016-01-23 16:29:48[360]


国境のない音楽

文学という摩訶不思議な世界にいると他の芸術がとても羨ましく思える時がある
なかでも音楽は文学にはない魔力を感じる
音楽の持つ魔力…
それは言葉の世界にはない人間の魂を揺さぶるリズムとも言うべきか

例えばラテンのリズム
独特のキューバリズム…
少なくともそこには言葉を越えた何かが存在している

音楽には国境などない
一方で文学には言語というれっきとした表現上のテリトリーが存在する
原作から翻訳へ
注釈を挟んでまたさらに翻訳へ
その間に作品は国境を越えても本来の持つリズムは次第に失われる…
音楽にはそうした喪失が一切見られない
聴いてどう感じるかは好みの問題であってその下地となるリズムはアレンジされるもの以外残存する
いやアレンジメントされた中にまた新たなリズムが誕生する
喪失と創成
これは極めて大きな違いだと僕は思う…

文学など所詮文楽(ぶんがく)に過ぎない
だから偏狭であっても十分に成り立つ…
けれども音楽はそこにだけ止まらない
偏狭なのはせいぜい鼻歌くらいのもの
人はリズムによって目覚める
言葉に怒りを持つことはあってもリズムに対してそうした感情をもつことはない

もう一度繰り返そう
音楽には国境はない
なぜだろう
それはきっと音楽が神の生んだ平和の芸術だからだろう
きっと…
2016-01-13 15:14:05[359]


告知の効果

最近実践して極めて効果的なある事実を紹介したい
ここに好む相手と好まざる相手の2種類の相手がいるとする
もちろんそれらはれっきとした人間様だ
実を言うと僕の場合は後者すなわち好まざる相手とのニアミスが多い
これによりまたかという感情が自分自身を疲れさせてしまう
ところが相手はそうと知ってか知らずか平気で登場する訳だ
よって僕の疲れはついにピークに達する
そこで実践したのが甲山流告知撃退法だ

相手を嫌う根拠について説明は要らない
自己の感情そのありのままで十分なのだ
例えば分りやすく相手を動物に準えると…
キリン君は好きだがヘビは見るのも嫌だ
この程度のものでいい
それではなぜキリンさんが好きなのか…
もちろんキリンさんと食事を共にしたこともなければドライブしたこともない…
それでもキリンさんが好きだという感情それだけあれば良い…
よってヘビも同じこと
触れたこともないしぐるぐる鉢巻きにして噛まれそうになった記憶などもない…
それでも僕の感情は嫌は嫌であり続ける
これを体系的に理論的に説明はできない

だから人間も同じで大いに結構なのだ…
感情的に嫌な相手は嫌
このことをショパン流に表現するなら…
「霊感がもはや相手を受け入れない…」
間違いなくこうなる…

これら直情型撃退法の効果は見事抜群だ
仮に言葉にできないのなら無視でも黙殺でも良い
キャッと叫んで逃げてもまた良い
たった一度の人生
我が儘もまた良い
2016-01-02 12:14:09[358]


先人の知恵そして…

先人も多種多様であって実際には全ての先人が敬愛の対象かといえば決してそんなことはない
ろくでもない先人だってゴロゴロいる

先人の知恵という言葉がある…
真の知恵を持った先人は確かに尊い
「家のつくりやうは夏をむねとすべし」(徒然草)
こうした先人の言葉には生きる上での含蓄が刻まれている
住める場所
住んではいけない場所…
先人の知恵を馬鹿にするとその結果はおおよそ悲惨なものになる

過去に幾度となく津波の被害にあった場所
同じく過去に土砂災害の被害にあった地域
先人はそうした地域を特定できる隠語のようなものを残して戒めとした
寺田寅彦などは学者として文献において津波災害の繰り返しを警告した
隠語も文献も過去の異物として無視し封印してしまうことは簡単だ…
一方で新規の情報にどれだけ精通しているのかといえばこれも怪しい
古いものにふたをして新しいものには見向きもしない
そうした浅はかさが新たな災害をもたらせてしまう…

ところで僕たちは未来の先人として次世代に何を残すことができるのだろう
先人はスマホに熱中するあまり電車と接触して死んじゃいましたとさ
先人は言葉だけの上辺だけのキズナに酔いしれ実は自己中でしたとさ
これでは日本先人馬鹿物語だ

知恵は継承されなければならない
ただそうした素地が世の中にあるのかと言えば極めて怪しい
同じ轍を何度も踏む
そうして忘れる
いや忘れようとあえて務める
思い出せるものを破壊する…
何ともおめでたい限りではないか

僕はこの日本という国が10年もたないのではないかと本気で考えている
思考も思惟も分別も良識もかなぐり捨てでひたすら享楽へと走る
周囲には老害がはびこり先人候補も見当たらない
ことあるごとに詭弁を発するという点においては若者と中年と老人の相違はもはやない
これでは知恵は継承されない
国家を貶める者は多くいても憂慮する者は少ない
日本から武士が消えようとしている
それでも僕はこの日本という国にあえて未来を創造してみたいと思う
10年持つか持たないか…
たかが10年
されど10年
場合によってはとてつもない変革が起こるかもしれない
問題はその時に生じるであろう痛みに耐えうるか
そこだけだろう

先人…
その知恵で僕たちは生きている
そして…
痛みもまたその知恵で昇華されるはずなのだ
先人の知恵
日本人の知恵
そして伝統
それらを継承する新たな知恵を模索していきたいものだ
2015-12-13 15:07:05[357]


餌付けレクレーション

昨今は企業が身銭を切って従業員に対しレクレーションを企画し実施するのだという
レクレーションは従業員自身の自立した遊興そのものだと思っていたがどうやらそうではないらしい
従業員どうしのコミュニケーションを企業側が図る
そして離職者を未然に防止する
もちろん業績が悪化すればいとも簡単に首を切る…
餌も使いよう
そして貰いようだろう

僕はそもそも組織を信用しない
バブル期の企業なり組織なりはおおよそどこも好き勝手なことをやりたい放題やっていた
ところがバブルが崩壊してしまうと今度は責任のなすり合いが始まった
そして再び訪れた今度のプチ好景気(かどうか)
餌付けは再び繰り返される

自立しない従業員もまた困ったちゃんだ
レクレーションに参加しないできない従業員への排他的行為
そんなことも起きるやらどうやら

スマホゲームに没頭するサラリーマンを餌付けするのは簡単なこと
口当たりの良い虚偽を並べても疑う力さえもはやない
心ではなくもはや脳ミソが思考が餌付けに最適の状態になってしまっている
心などという臓器はない
全ては脳ミソのなせる技なのだ

僕のようなひねくれ者はこうも言う
餌付けされる前に自分のスキルを磨けよ
まぁまぁ無理だと思うけどね
嗚呼
2015-12-05 20:08:29[356]


怖いもの

僕は怖い話が大好きだ
幽霊やお化けや妖怪はもう得意中の得意
先日も知人の女性が夜道で幽霊に遭遇したと大真面目に話してくれた
「家族の誰も信じてくれないからせめて甲山さんには信じて欲しい」
そこでそれを信じるかわりに僕の経験した怖い話をして差し上げたらさらに彼女を震え上がらせてしまう結果になってしまった
もちろん僕の経験したなどというのは全くの嘘だ

僕は幽霊もお化けも妖怪も知らない
信じてないのではなく知らないのだ
随分以前にある事情で宿泊先を探した挙げ句にようやくたどり着いたのが事故部屋だったのだが…
それでも幽霊もお化けも妖怪も姿を現さなかった
おかげで格安の料金でぐっすり眠ることができた
僕の場合は体質がこうだから仕方ない
非科学的なものを信じなくはないが知らないものはしようがないのだ

幽霊もお化けも妖怪も怖くなくはないけれどやっぱり生身の人間の方が僕にとっては最も厄介な存在だ
そして妙な興味までそそられる…
何より怖い話は現実の方が余程リアルだと僕は思う
それに人間の腹の中は本当に怖い
そこにはきっと非科学的以上に非科学的なものがうごめいているに違いない
やっぱり僕にとって人間に勝る怖さは今のところないようだ
2015-11-28 16:23:18[355]


常連面一考察

居酒屋でもどこでも必ずいるのが常連と呼ばれる人たちだ
大体の飲食店はそうした常連の落とす金で店を賄っているといっていい
但し常連もこれまたいろいろ…
オレはアタイは常連なんだと人の話に勝手に割り込む
オレやアタイが食うものはこれ絶品と勝手に注文する
大声で店側の人間と会話する
挙げ句の果てに許可なく厨房にまで侵入する
かと言えば…
大人しくダンディーに呑む食す紳士
その横で微笑む淑女
紳士淑女ははまさに常連中の常連…
見習うべきだと僕は思う

味は旨くてはいいけれど常連のやかましさにヘキヘキ…
そのことですっかり遠ざかってしまった店は数知れない
「君子危うきに近寄らず」
僕は君子ではないがイライラしながら一軒の店にすがりつく義理もない

常連面はよろしくない
金は落とすが品まで落とす
けれども最後の残るのは金でなく品
やはりそういうものだと思う
2015-11-14 12:59:32[354]


行列ができない店

行列ができる店は人気店で味もまた最高
こうした宣伝文句を僕は決して信じない…

客を並ばせて平気な店…
それを当然と振る舞う…
そんな類の横柄さはもはや全うな商売などではないと僕は考える
もっとも平気で並ぶ客がいるからこそ行列もできるのだろうが…
並ぶ客と並ばせる店という奇妙な関係…
後ろでまだ誰かが並んでいると思うだけで僕などは落ち着きがなくなってしまう
美味も半減いやそれ以下
他人を顧みない人にとってはそれでいい…
腹を膨らませるだけの行為としても十分に成立している

僕は行列のできる時間には仮にもそうした人気店に出向くことは品格のないことは決してしない
どうしてもというなら予約する
例えばラーメン店での予約などシステムとしてはないだろうが…

僕の知っている行きつけのラーメン店では一切の宣伝はやらない
店主曰く
「本物のお客は混まない時間にやって来る」
らしい…
つまり時間の使い方の上手い客はいい店を自分で探して都合のいい時間に食するということなのだそうだ
なるほど

並んでいる間もスマホでゲーム
食す前に先ずは写真にバッチリ
食している間にもラインで通信
その後はもちろんゲームの続き

こらじゃあ連中の思考能力もきっと頭打ちだろうなぁ
などと思う僕はやっぱりダメなのだろうか
2015-11-02 08:23:21[353]


仕事への対価

つい最近こんなことがあった
相手曰く…
「うちの子どもは国語が不得意なのでちょっと勉強のコツとやらを教えてやってもらえないだろうか」
とのこと
話を聞くとさらに調子に乗って週に一度くらいのペースでときた
僕にとって相手は勤務校の生徒でもなくただのご近所に過ぎない…
塾は費用が要るし家庭教師はさらに高額だと更に曰うからとんと呆れてしまった

だいたいが対価なく自分の能力や技術を晒す義理はどこにもない
例えばコンビニで物を買えば対価を払う…
それと同じ論理がなぜ勉強を教わるという局面においてはうやむやになるのだろう
タダがいいのなら学校の先生に好きなだけ教わればいいのだ
或いは親が自ら教えるのもいい
学校以外で他人に物を教わると必ず費用というものがかかる
地縁の甘えにも程がある

話は変わるが…
以前にあるプロの音楽家が演奏の依頼を受けた
依頼者はある福祉施設で安価どころかボランティアでの演奏を期待していたらしい
憤慨したその音楽家がことの顛末をブログに書いて話題となった
記事の転載はあえてしないが音楽家の言い分は正論だ
これだから日本ではまともに芸術が育たないのだろう

話を戻そう…
僕も依頼に対して断った
僕の場合は対価だけの問題ではない
普段は挨拶もろくにしない親子に都合良く自分の時間を奪われる筋合いなどない

プロへの対価
これは日本では極めていい加減なものだ…
何でもかんでもボランティア…
タダでやってもらって当たり前
それでいて自分の給料は安い安いとほざくのだから本末転倒も甚だしい
全くもってアホちゃうかと思う
2015-10-26 12:44:38[352]