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コラム
心に吹く隙間風
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心に吹く隙間風その23
エコという言葉が大流行している。
それもどうやら言葉だけで、中身は空中浮遊の状態で、地に足が着いていないような気がするのは私だけだろうか。
身近なところでは、ゴミの分別があげられるが、自治体によって方法が異なるとはいかがなものか。
分別されたゴミの行方は私たちには不明である。それでも、分別に労力を費やさなければならない。労力だけではない。分別するには相応の工夫が必要になる。
にもかかわらず、とにかく決められた通りに神経をすり減らしながら分別し続けなければならない。
ところが、神経をすり減らしながら何かをし続けるというのが、ある高揚した気分をもたらせてくれるのだから不思議である。
まさにエコな気分になるのだからたまらない。
このエコな気分で休日は高速道路を走りまくるのである。ここでは気分だけがエコである。とにかく千円均一料金なのだからこれもたまらない。快感から絶頂とはこのことだろう。
しかも国家にも家計にも貢献しているとの達成感が絶頂の後押しをするわけだから、まさに病みつき状態になる。
エコな気分がもたらす達成感、その達成感がよりエコな気分へと繋がっていく。
だから、ゴミの行方についての問題意識や、神経をすり減らすことへの精神的不快感など持つ余裕はない。
もちろん自然環境保護も必要であるし、経済効果も必要である。
しかし耳障りの良い言葉の中に潜む棘を見極め認識することの方が、本当の意味のエコに繋がるのではないだろうか。
甲山羊二
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