牧場小屋
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コラムⅡ
心に吹く隙間風
目次
心に吹く隙間風Ⅱその16
スマホ片手に垂れ下がったイヤホン。さらに画面を見入りながら歩速はダラダラスロー。老若男女問わずのこの光景。ところがこういう御方々がホームの脇からスッテンコロリン、線路目がけてものの見事にご転落あそばされる。そしてこういう事態に遭遇するたびに、僕はルート変更を余儀なくされてしまう。
僕はそういう御方々に対して決して手を差し伸べることはない。リスクを顧みない人間を或いは他人の迷惑を迷惑とも思わない想像力の欠如した人間を救うことも絶対にない。なぜか。理由は簡単。そうした前例が僕には全くないからだ。
そもそもスマホ片手にイヤホンは最初から社会との断絶を意思表示しているようなものだ。我を忘れるほどのゲームや音楽は周囲を寄せ付けたりはしない。当事者にはそれ相応の覚悟があってのことだろう。僕はその覚悟の邪魔はしない。スマホ片手に乳母車も同じ。子どもは不幸かもしれないが、そうした運命に共感できるほどに僕は暇人間ではない。繰り返すが、僕は僕のために仕方なく、やむを得ず、すぐさまルート変更を行う。そして目的地へと急ぐ。
スマホに命を懸ける意味が僕にはわからない。分からないけどそういう御方々は現にいる。迷惑だが、そういう権利もまた尊重すべきだろう。尊重せず、蔑にする前例を僕は持たない。救うべき命かどうかの議論も無用。他人の覚悟と権利に水を差す。そんな前例はやっぱり僕にはない。
甲山羊二
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