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エッセイ
ああ言えばこう言え!
目次

 ああ言えばこう言え!その10

 歯科医は私が最も苦手とする人種のひとつである。
私の知り得る限りにおいて、歯医者をこよなく愛し、毎日歯科医院に通い詰めている人など誰一人としていない。
もちろん、歯科医の人格を完全否定しているわけではない。
ただ、歯科医が行う医療行為に対して、私自身が生理的な嫌悪感を覚えざるを得ない、それだけのことなのである。
だから、歯科医院の敷居を跨ぐくらいなら、少々の歯の痛みには耐えてみせる。
いや、たとえ激痛で眠れない状態であったとしても、優れものバファリンが優しく痛みを和らげてくれるから安心だ。
それでも止むを得ず、歯科医院に足を踏み入れた時の、あの独特の内部の雰囲気。
待合室のつけっぱなしのテレビ、まるでパチンコ店の景品引換所のような無愛想な受付、治療室からは金属に何かを無理矢理擦り付けたような不気味な音
そしてその度に漏れる唸り声ともう一方では子どもの泣き叫ぶ声、「もう少しだ。我慢だ」と、まるで棒読みにこもった男性の声、しばらく経って、治療室からは、戦い終えた男性の老人と子どもとその母親が、ほぼ放心状態で姿を見せる。

いよいよ私の番だ。
名前を呼ばれて治療室に入るや否や、私を待ち受ける歯科医とその助手、あの巨大なマスクがとても威圧的だ、もうダメだ、観念するしかない、ええぃと心で叫びながら、高度先進恐怖椅子に身を委ねてしまうのである。
歯科医の元を訪れるには、歯痛だけではその要件を満たしたとはいえない。
心の準備と勇気と決断とその為に必要な時間すべての整合がなければならない。

甲山羊二
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